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デジタル変革に求められる「アナログ力」とは?

6/19(月) 7:10配信

ITmedia ビジネスオンライン

 近年、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などのテクノロジーが急速に発達を遂げている。こうした中で、企業が成長するためには、テクノロジーを生かしてビジネスを変革すること、いわゆる「デジタルトランスフォーメーション(DX)」を推進することが重要になると考えられている。

【今後求められる「イノベーター」の人物像=出典:ガ―トナー(2017年2月)】

 では、既にDXに成功している企業には、どのような特徴があるのだろうか。また、これからの時代でビジネスパーソンが活躍するためには、どのようなスキルが求められるのだろうか。

 ITmedia ビジネスオンラインでは、DXに関する有識者や専門家たちの意見をシリーズでお伝えしている。今回はガ―トナージャパン リサーチ部門 バイス プレジデントの鈴木雅喜氏と本好宏次氏に、DXの現在と未来について聞いた。

●「Pokemon GO」もデジタル・ビジネス

――ガートナージャパンではDXをどのように定義していますか。

鈴木: 当社では、DXのことを「デジタル・ビジネス」と呼んでいます。定義は、「デジタルの世界と物理的な世界の境界を曖昧にすることによって、新たなビジネス・デザインを創造し、『人』『ビジネス』『モノ』の前例のない融合を実現することである」というものです。

 単にテクノロジーを活用して既存のビジネスをより良くするだけでなく、ビジネス自体を新しく生み出すことを意味しています。

――デジタル・ビジネスの成功例は、どういったものが挙げられますか。

鈴木: まず考えられるのが、民泊サービスの米Airbnbや、カーシェアリングサービスの米Uberです。両社は使っていない車や、家の空いたスペースなどをデジタル化によって誰でも利用できるようにし、マネタイズもできています。定義で挙げた「人」「ビジネス」「モノ」の3要素を全て満たしています。

本好: 自動車メーカーも、テクノロジーを生かしたビジネスで成果を出し始めています。具体的には、自動車にセンサーなどを搭載して走行距離や運転の癖などを把握し、ドライバーに応じたプランを組み立てる「テレマティクス保険」などが挙げられます。

 2016年夏に大流行したゲームアプリ「Pokemon GO(ポケモンGO)」もデジタル・ビジネスの良い例ではないでしょうか。これまではスマートフォンの中に閉じられていたソーシャルゲームが、AR(拡張現実)の技術によって、地図情報と連動。町や公園など、現実世界を歩きながら遊べるゲームに進化したことで人気を集め、課金収入につながっています。

●「HRテック」にも期待大

――今後、デジタル・ビジネスが発展する可能性がある分野や業種はありますか。

本好: 人材管理の分野にテクノロジーを導入した「HRテック」が流行する兆しを見せています。現在、採用活動を行う企業向けに、応募者が提出した履歴書の志望動機やスキルの項目を自然言語処理して、募集要項とマッチングさせるツールを提供するベンチャー企業などが増えています。

 社内の人材評価項目ともマッチングして、「入社したら、この人は能力が高くなりそうだ」といったポテンシャル順に応募者を並べた名簿を作成し、採用の参考にするのです。

 一方、社内の優秀な人が出ていかないように、AIを使って離職リスクがある人を特定するツールも出始めています。

 ビジネス用SNS「LinkedIn」のプロフィルを変えたり、異動・昇進したりといった社員のアクティビティーを取得・分析し、今まで離職した人のデータと照合。行動パターンがマッチングした人の上長や人事部門にアラートを出すという仕組みです。

 こうしたサービスを提供する企業に対し、米Microsoft、米Oracle、独SAPなどの大企業が投資する動きも起きています。

●変革のコツは「スモールスタート」

――日本企業と海外企業では、やはり海外企業の方がデジタル・ビジネスが進んでいるのでしょうか。

鈴木: どちらかと言えば海外ですが、似ている部分もあると思います。米General Electric(GE)はデジタル・ビジネスの先駆者として有名ですが、実は全ての部門が先進的なわけではなく、スキルやノウハウが不足している現場も多いです。既存ビジネスに対する危機意識も、“GEデジタル”と呼ばれるデジタル・ビジネス推進部門とそれ以外では全然違います。

 裏を返せば、あれほどデジタル・ビジネスで有名になっている会社でも、組織を丸ごと変革するのは難しく、小さな部門からスモールスタートしているのです。

本好: 専門性のある組織を立ち上げてスモールスタートする動きは、日本企業でも起きています。特にITや世界の動きに詳しい外部の血を入れる動きが盛んになっており、パナソニックは、日本マイクロソフト元社長の樋口泰行氏を関連会社の社長に据えたり、SAP元バイスプレジデントの馬場渉氏を北米子会社の副社長に据えたりと、戦略的な人材配置をしています。

 ヤマト運輸が自動宅配サービス「ロボネコヤマト」を始めましたが、あの取り組みもDeNAと手を組んで、外部のノウハウを取り入れています。始め方もスモールスタートで、神奈川県の戦略特区で実証実験から始めています。

 ただ、こうした企業はほんの一部。当社が実施したアンケートによると、日本で実際にデジタル・ビジネスに取り組んでいる企業はたった2割という結果が出ています。

●歴史は繰り返される

――なぜ今、日本企業にとってデジタル・ビジネスが必要なのでしょうか。

本好: 少し過去の歴史を振り返ってみましょう。今は想像できないかもしれませんが、インターネットが出始めたばかりの2000年前後は、日本企業の名刺にメールアドレスすら書かれていないという時代でした。

 こうした中で、楽天がいち早く電子商取引に参入し、「楽天市場」を立ち上げた時に、「電子商取引をやる必要があるのか」という議論がありました。「今まで通りの通販でいいじゃないか」と批判されたのです。

 ところが、結局今何が起きているかというと、インターネット通販(EC)が当たり前のように使われていて、ネットで買い物をする人はすごく多いです。逆に、紙ベースの通販にこだわっていた企業は苦戦が続いています。

 この現象と同様に、10年後には「デジタル・ビジネスがなぜ必要なのか」という議論はなくなっていて、当たり前のようにテクノロジーを活用したビジネスをする時代になっているでしょう。

 そして、「今まで通りでいいじゃないか」と考え、ビジネスを変革しないままでいる企業は淘汰されると予測します。また、良いビジネスアイデアを考案したとしても、実現するのが遅いと、他の企業に先を越されてしまいます。他社にやられる前に考えて、自ら動くことが大切になってきます。

●「デジタル・ビジネス」と「電子化」の違いをまずは知るべき

――具体的にどうすれば、日本企業はデジタル・ビジネスを推進できるのでしょうか。

本好: ビジネスパーソンがデジタル・ビジネスについての正しい知識を身に付け、マインドセットを入れ変えることが必要です。

 デジタル・ビジネスは、社内の業務を変えることではなく、社外の顧客に提供するサービスを変えることです。ですが、まだ一般的にはデジタル・ビジネスと業務の電子化の区別がついておらず、承認の電子化やペーパーレス化など、社内向けサービスの改善を「デジタル化」と考えているビジネスパーソンも少なからず存在します。

 電子化とは、あくまで既存のやり方を改善するだけで、抜本的な改革にはつながりません。一方、デジタル・ビジネスは、これまで述べてきた通り、既存ビジネスとは大きく異なるものです。

 また、業務の電子化は、企業の経理部門や販売部門とIT部門が共同で行うものですが、デジタル・ビジネスは事業部門とIT部門が主導して行うもの。関わる部門も違うんです。

鈴木: ただ、実際は、デジタル・ビジネスの現場では、IT部門と業務の協力体制がうまくいかない例も多いです。それぞれ別々の目標に向かって、長い間仕事をしてきた者同士なので、突然「一緒にやりましょう」と命じられても戸惑ってしまうのです。

 そこで重要なのが、先ほどの成功例で述べたスモールスタート。両部門から少人数のみを引っ張ってきたチームをまず作る。それからアイデアを出し合ってビジネスのイメージを作り上げ、ある程度イメージが固まってから戦略の策定に移るといいでしょう。

●「アナログ」な力を持つ人材こそが活躍する

――デジタル・ビジネスを推進する上で、企業にはどのような人材が求められるのでしょうか。

鈴木: 当社では、これからの時代に必要な人材は、「既存ビジネスのままでは生き残れない」という危機感を持ちつつ、革新的なアイデアを創出できる“イノベーター”だと考えています。イノベーターには、アイデアを生み出すスキルだけでなく、経営層をはじめとする他人の前で何かを説明して、納得させるプレゼンテーションスキルも求められます。

――なぜ、プレゼンテーションスキルも必要なのでしょうか。

鈴木: 私と本好が昨年8月に実施した調査で、日本企業に「デジタル・ビジネスを促進させる要因」を聞いたところ、「経営層のリーダーシップ」との答えが7割以上を占めました。トップの関与が無いとビジネスの変革を進められない企業が多いことが分かったのです。

 こうした風潮の中で、本当に既存ビジネスに危機感を感じている人は、デジタル・ビジネスの重要性をトップに理解させる必要があります。また、日本企業では、新しいビジネスを始めようとすると、必ず抵抗勢力が出現し、「成功するわけがない」などと主張する傾向にあります。

 そこで負けずに戦えて、異なる主張を持つ人を説得できる人材こそが日本のビジネスを変えていくと考えているからです。

本好: 後天的に身に付けるのは難しいかもしれませんが、優秀な人を集める力も今後のビジネスパーソンに必要なスキルです。私がビジネスの現場で見てきた限りでは、「どうしても、このテクノロジーを生かした仕事がしたい」という確固たる意志を持ち、抵抗勢力と戦いながらも日々やりたいことに没頭しているイノベーターには、自然と仲間が集まってくるケースが多いです。

 こうして挙げていくと、デジタル・ビジネスの推進に必要な人材のスキルって、アナログですよね。説明・説得する力や、人を集める力――。全くデジタルではない。ただ、こうしたアナログ的な力が強い人こそが、デジタル・ビジネスを推進する存在であると確信しています。