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「タカタ問題」の論点整理

6/19(月) 6:51配信

ITmedia ビジネスオンライン

 経営に失敗したら退場するのは資本主義の大原則だ。淘汰こそが進歩のメカニズムだからだ。エアバッグの巨大リコール問題で対応策を間違い、深刻な窮地にあるタカタは、会社更生ではなく民事再生という方法をとった。要するに倒産の一形態である。ただし、倒産イコール廃業ではない。廃業するケースもあれば、事業を継続することもあるのだ。

【エアバッグは金属ケース内の燃焼剤を電気点火によって燃焼させて高圧ガスを発生させ、繊維製の袋を広げる仕組みだ】

 負債が資産を上回ることを債務超過と言うが、企業が倒産するのは債務超過が起きるからだ。実は世間一般に債務超過はこっそりと起きているケースがままある。資産の価値評価などによってバランスシートに細工を行ってごまかすケースが多いが、それでも現実のキャッシュフローが支払いの引き延ばしや隠ぺいではどうにもならなくなり、お金が返せなくなったことが外部に明らかになるわけだ。

 債務超過が金融機関などの外部にバレると、「期限の利益」を失う。それは借金や取引先への支払いなど、事前の約束通りの返済期限の利益を失うという意味で、即時全額の支払いを求められる。ただでさえ資金繰りがひっ迫している最中に即刻一括支払いを求められれば、万事休すとなる。よほどの内部留保がない限りこれを切り抜けるのは難しい。それが債務超過だ。経営者が震え上がる恐ろしい言葉である。

 タカタの場合、エアバッグ関連の改修費用は全世界で1兆円という説もある上、この品質問題で以後タカタ製品の採用打ち切りを決めたメーカーも出てきていることから、債務超過の瀬戸際にある。1兆円の負債は、金額的には戦後製造業で最大とも言われており、営業利益400億円のタカタに負えるレベルでは無いが、その行く末は自動車メーカとの費用負担交渉の成り行きによって大きく左右される。要するに1兆円を誰がどれだけ負担するかという話だ。

 現時点では自動車メーカー各社が改修費用を暫定的に全額立替えて、タカタには全く請求していないから債務超過に陥っていないだけのことだ。だからタカタを見捨てて、採用打ち切りとするメーカーが増えれば、立替費用は容赦無く請求されることになり、廃業するしかなくなる。それがなぜ更正の可能性を残しているかについての詳細は後述する。

 さて、倒産についての一般論に戻ろう。債務超過をどうするかについて、いくつかの段階的分岐点がある。最初に事業継続の可否という分岐があり、廃業するのであれば処分可能な全資産の適正な分配という1点に論点が絞られる。しかし、事業を継続するならば、事業継続に必要な生産資源を精査して確実に確保しつつ、債務の返済金額と期間について債権者の合意を得なくてはならない。

 事業継続を前提とする債務整理には、会社更生法に基づくものと、民事再生法に基づく2つの方法がある。おおざっぱな言い方になるかもしれないが、会社更生法では裁判所に任命された管財人が再建業務を実施する。民事再生の場合は現経営者が継続してその任につき債権者との話し合いによって再建業務を行う形になる。一概にどちらが良いという話ではないが、会社更生法適用の場合は客観的な立場の管財人が法律に則って公平性と透明性を重視する進め方、民事再生は事業内容を把握している経営陣が法律上の縛りだけでなく、個別の案件の特殊性に応じて最適な独自の折り合い点を模索する方法だと言える。

 一般論として、会社更生法適用のメリットは、モラルハザードを原則完全に排除できることだが、同時に債権者の個別事情に配慮することが難しく、その結果、事業継続上欠かせない小規模取引先などへの優先支払いができず、連鎖倒産などによって事業継続が難しくなるリスクがある。

 逆に民事再生は当事者間でうまく折り合えれば債権側と負債側双方の事情にある程度配慮できる可能性があるが、同時にモラルハザードのリスクを含んでいる。経営が立ち行かなくなるということは当然経営に何らかの問題がある可能性が高く、当事者による調整が行われると、問題が解決しないまま経営上の問題点が温存されるリスクをはらむことになる。それでは企業は再生しない。

 今回の場合、経営失敗→即退場とはいかず、問題を難しくしているのはタカタの技術に大きな価値があることだ。世界的に見てエアバッグを大量供給できる会社は限られている。近年は技術のコモディティ化スピードが速く、その結果、参入者がどんどん増えてコストダウンが進み、部品単価が下がっていくというルーティンが多いが、エアバッグに関してはあまりコモディティ化が進んでいないためにこうした少数社の寡占状態が起きているわけだ。

 ポイントになるのは燃焼剤(火薬)の技術だ。タカタが危機を迎える前、2014年時点での燃焼剤製造のグローバルシェアを見ると、オートリブ(スウェーデン)25%、タカタ(日本)22%、ZF(ドイツ)18%、ダイセル(日本)16%の合計で8割を超え、残り2割弱をその他のメーカーが分け合う構造になっていた。現在ではタカタが10%までシェアを落とし、残りは3社が吸収している。

 ダイセルは一般的にはあまり聞かない名前かもしれないが、沿革を見ればセルロイドの生産で創業し、富士フイルムの母体となった会社で、現在も化学製品が主力である。エアバッグ用燃焼剤を含む火工品事業の比率は売上ベースで4分の1程度。株主構成を見ると、機関投資家3社の次に富士フイルム(4.7%)、トヨタ自動車(4.1%)となっている。自動車用エアバッグへの進出に際して、2000年の豊田合成との合弁会社設立が基点だ。

 タカタはホンダが1.2%の株式を保有しており、つまり日系メーカーの陣営でみれば、トヨタ系のダイセルとホンダ系のタカタということになるが、実ははっきりと陣営が分かれているわけではなく、タカタ製のエアバッグはトヨタにも納品されている。陣営にこだわって仕入れられるほど供給に余裕が無いというのがホントのところだろう。

 技術的障壁が高い4社独占市場から1社が脱落すれば、供給がひっ迫してエアバッグの調達が難しくなる。元々が世界シェアの22%も持っていたサプライヤーが消滅すれば、供給に問題が発生するのは明らかだからだ。自動車メーカーにとって死活問題であるだけでなく、ユーザーにとってもエアバッグの付いたクルマに乗りたければむやみに「潰してしまえ」と溜飲を下げてはいられない。

 タカタが世界的に見てレアな技術を持ち、その技術に大きな需要があることを前提に見れば、タカタを存続させることに社会全体にメリットがあるということまでは確かなことだ。もちろん既に事故の原因が特定されており、硝酸アンモニウム系の燃焼材を使わなければ問題は再発しないとする今回の説明が最終的なもので、これまでのように何度もズルズルと修正されないことは大前提だ。

 問題の本質は、タカタが人の命にかかわるエアバッグのリコール問題に対して最善の努力を行わず、責任を果たそうとしてこなかったという1点に収斂(しゅうれん)する。経営側がどの時点で正しく原因を把握したのかは何とも言えないが、もっと早期に硝酸アンモニウム系燃焼剤に問題があることを認めて対応を行っていれば、ここまで問題が大きくなることは無かったはずである。こうした統治を行った経営陣は厳しく責任を追及されるべきだが、一方で世界的に価値のある事業を継続させることも社会の要請として重要である。

 そもそも、経営陣を決め、経営方針を信任するガバナンスの源泉は株主なので、タカタの株主構成に注目が集まるのは当然のことだ。タカタの筆頭株主は52.1%を保有するTKJであり、TKJの株主名簿には創業者一族が名を連ねる。TKJに続く2位以下にも一族の名前が並ぶ。どう見ても同族経営会社であり、それ故に株主会は株が紙くずになる会社更生法や民事再生法の適用を拒んで私的再生を目論んできた。今後はタカタの事業を存続させつつ、会社のガバナンスを一族からどうやって引きはがすかがポイントになってくる。

 もう1つ、本質的な責任問題もそこにはある。われわれユーザーは、製品に自動車メーカーが責任を持つことを前提にクルマを買う。不具合が発生するたびに、メーカーから「それは○○社製の部品なので、文句はそちらに」と言われたのではたまったものではない。最終責任はメーカーになければ困る。という点から見ると、メディアにおいて、エアバッグのリコール問題が全て「タカタの問題」であるかのように議論されているのはおかしい。少なくともユーザーに対しては自動車メーカーの責任なのだ。

 ただし、当事者である自動車メーカーも少なくとも実務面においては責任を果たしている。最低限ユーザーに負担を掛けずに改修を行っているという点は評価すべきだ。例えば、リコールの影響が大きかったと言われているホンダの場合、2015年に2500億円、2016年には2800億円という巨額の品質関連費用が発生している。そして現状ではリコール費用は各自動車メーカーが負担している。つまり全社どころか、どこか1社がこの費用負担を丸ごとタカタに押し付ければ、そこで再生困難に至るという切羽詰まった状況なのである。

 もちろん今後の話し合いの中で、改修費用の負担比率について、メーカーとタカタの間で別次元の責任論が発生するはずで、さすがに立て替えた改修費用のいっさいを請求しないとも考えられない。ただし、それはユーザーにとってはメーカー内部の議論でしかない。

 そして、このユーザー補償こそが今回の民事再生の引き金になっていると思われる。賛否両論あるが、日本には車検制度があり、こうした重大なリコールが発生した場合に車検ワンサイクルの間にほぼ確実にリコールを行うことができるが、車検制度が無い米国ではそうはいかない。州によっては定期的な排ガス検査があるので、そこでマーケットのクルマを捕捉できる場合もあるが、排ガス検査を受けていないユーザーも多く、それ故に米国でのタカタ製エアバッグのリコール実施率は50%程度と言われている。

 自動車メーカー各社にしてみれば、エアバッグが必要かつ、タカタに支払い能力が無い以上、品質関連費用の大部分を負担するのは仕方がないとしても、その費用総額が見えないまま永遠にそのための準備金を積み立てておかなければならないのでは経営プランが策定できない。ところが、既に述べたように費用総額はユーザーがこれに協力してくれない限り確定できないのも現実だ。単純な話として、既に廃車になっているクルマの分の改修費はメーカーがプールしておかなくてはならないが、永遠に使われることが無いのである。つまり、現実論としてできることと言えば、十分な告知を行った上で、ユーザーが補償請求をできる期限をきるしかない。

 しかし、それは当然ユーザーにとって不利益が生じる。それを正当なものと認めてもらうには私的再建では無理だ。何らかの法的強制力を伴う裁定を仰いでどこかに限界線を引いてもらうしかない。

 恐らく自動車メーカー各社は、タカタに対して立替金と引き替えに、法的強制力を伴う債権額の最終確定を迫ったのではないかと思われる。この対応をタカタが誤れば、メーカー各社にとって、いくら技術があろうと、今後タカタ製品を採用することはデメリットが多すぎるということになり、ならば今回収できる分だけでも回収する方が良いという判断になる。そうなれば再建どころの話ではなくなる。

 常識的に見る限り、その落としどころとして、今回の民事再生に至ったと考えられる。価値ある技術を持ち、営業利益を稼ぎ出せる会社が、顧客対応でミスをして債務超過の瀬戸際にいるのであれば、その舵取りの原因を取り除いて営業を継続させることが、自動車メーカーにとってもユーザーにとってもメリットなのだ。営業利益そのものが粉飾だった東芝とこれを同列に見るのは間違いである。

(池田直渡)