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スターシェフは元ギャングスター ドイツ

6/19(月) 19:12配信

朝日新聞デジタル

 「こちらは日本産の大根でございます」「オー、ダーイコーン」。

 ひと切れの薄切り大根を前に、昼間から美しくドレスアップしてシャンパングラスを傾けていた男女が感嘆の声を上げました。ここはベルリンにある「レストラン ティム ラウエ」。2017年版ミシュランで2ツ星を獲得、世界のベストレストランでは48位にランクイン。オーナーシェフのティム・ラウエさんはベルリンの食の大使として、2013年に米オバマ大統領歓迎晩餐(ばんさん)会で腕を振るい、2014年には、ベルリンの壁崩壊25周年を記念したガラディナー(壁崩壊25周年のセレブレーション ドイツ(1))で、旧東ドイツ出身のシェフ、ダニエル・アキレス氏とコラボレートした特別メニューを提供しました。

先ごろレシピ本を出版したティム・ラウエさん

 そんなベルリンを代表する名店の料理は、日本をはじめ韓国、タイ、インドネシア、マレー半島といったアジア各国の味覚のフュージョンスタイル。なかでも有名なのが、和の器に盛り付けられ、お箸で食べる少量多皿の前菜で、冒頭の大根はそのひと品です。「こちらの日本の大根はラディッシュの仲間ですが、色が白くてみずみずしく私たちが普段食べているラディッシュとは別物。ですから当店ではラディッシュと言わず、日本語でダイコンとメニューに記載しています」。

 ホールスタッフは全テーブルにそう言って回り、ヨーロッパを中心に各国から集まった食通のカップル(男性同士も含めてほとんどのゲストがカップル)は丁寧に大根の写真を撮り、それがやがてソーシャルメディアを通じて世界へ拡散されていくわけです。ぎこちない手つきで小皿を取り上げ、お箸を使って(私が見る限り、お箸を途中でギブアップしたのはインド人の老婦人たったひとりでした)そっと大根をつまみ上げる彼ら。あぁ、この光景を日本のすべての大根農家さんにお見せしたい。

 振り返れば私が海外旅行を始めたばかりのころ、和食店でおわんを手に取れば白い目を(欧米では通常スープ皿を持ち上げません)、お箸を使えば奇異のまなざしを(当時は和食店でもナイフ&フォークを用意するお店もありました)向けられ、日本で生まれのんびり育った超ドメスティックな私は、初めて外国人から見下されるという体験をしたのでした。あれからおよそ20年。この間に日本料理の地位を世界で確立するために、日本人料理人や日本の生産者さんは、どれだけの苦労を重ねてきたのだろう。もう感無量です。

 「酢漬けのザワークラウトや加工したシャルキュトリ(肉製品)が定着しているドイツの食卓に、ジューシーなダイコンをかじった時に感じられるようなフレッシュな食材の持つパワーと楽しさを伝えたかった」。アジアの食文化に魅せられて料理にのめり込む前、彼はギャングの一員としてけんかを繰り返す日々だったことを公表しています。貧困家庭で育ち、繰り返し家庭内暴力を受け、ギャングスターとしてすさんだ日々を経て、料理の世界にすべての情熱を注ぎ込み、成功した彼は、行き場のない怒りを抱えている青少年のロールモデルになりたいそう。

 思えばベルリンの壁崩壊25周年記念ガラディナーでは、旧西側でごく普通に食べられたバナナを旧東側では手に入れられず、子どもたちは形の似たキュウリをかじっていたという当時のエピソードへの痛烈な皮肉を込めて、バナナとキュウリを組み合わせたデザートをつくったティム・ラウエさん。いまもその反逆精神はまったく変わっていないとか。

 粉モノとジャガイモ天国ともいえるドイツで、現在はパンやポテトといった炭水化物を一切出さないコース料理1本で、「気に入らなければ来なければいい」と大胆不敵に笑いながら、既存の価値観に問いを投げかけています。

■MEMO:旅と注文

 料理はおまかせコースのみというレストランでも、ドイツの場合はアレルギーといった健康上の理由や宗教上の理由、ベジタリアンには対応してくれることが多いそうです。レストラン ティム ラウエでも受け入れ可能。ただし準備の都合で当日その場ですぐ対応するのは難しい可能性があるので、早めの連絡がおすすめです。

■取材協力:
ドイツ観光局

(文・写真 江藤詩文 / 朝日新聞デジタル「&TRAVEL」)

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