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故キム・クァノン潜水士1周忌「あなたの尊い志を引き継ぎます」

6/19(月) 11:34配信

ハンギョレ新聞

17日、光化門セウォル号広場で1周忌追悼文化祭 同僚の民間人潜水士ら「クァノン、私たちはみな君に会いたい」 妻キム・ヘヨンさん「残った潜水士の現実を忘れないで…」 パク・ジュミン議員、セウォル号被害支援法改正案通過を訴える

 「クァノン、君とセウォル号の家族たちの努力のおかげで多くの人々がセウォル号の惨事について知ることになり、私たち潜水士の悔しさも知られるようになった。今この瞬間、一緒にいたらどんなに喜んだだろう。私たちは皆、君に会いたい」

 2014年4月16日のセウォル号惨事当時、犠牲者の収拾活動に駆けつけた民間潜水士のファン・ビョンジュさんが、天に手紙を送った。ファンさんが故キム・クァノン潜水士に送る手紙を朗読する間、キムさんの1周忌追悼文化祭に参加した市民らは涙をにじませた。

 17日午後7時頃、ソウル鍾路区(チョンノグ)光化門(クァンファムン)のセウォル号広場で「4月16日の約束国民連帯」、4・16家族協議会、4・16民間潜水士会、共に民主党のパク・ジュミン議員室が共同主催した“セウォル号の義人”故キム・クァノン潜水士の1周忌追悼文化祭が開かれた。

 追悼祭を待っていた300人余りの市民の手には、薄紫色のバラの花が握られていた。生前、キム潜水士が好きだった花だという。この日の追悼祭には故キム潜水士の家族やセウォル号の遺族、ステラデイジー号の行方不明者の家族たち、民間人潜水士たち、故キム潜水士の母校である崇実高校校長と保護者たちも出席した。

 追悼祭は故人の志を称える黙祷で始まった。続いて4.16家族協議会のチョン・ミョンソン運営委員長が追悼の辞を読み上げ、キム潜水士との最初の出会いを回想した。チョン委員長は「(キム潜水士と初めて会った時)私の手を握って言った第一声が『申し訳ない』だった」と話し、「304人の犠牲者をすべて収拾できなかった自分たちが罪人だと、熱い涙を流しながら申し訳ないと言っていた」と伝えた。

 チョン委員長は「民間人潜水士らは、子どもたちを親の元に帰してくれたセウォル号の家族たちの恩人だ」とし、「国家が救助せず収拾もしないことを、民間人潜水士らが自発的に集まり命がけで救助し、犠牲者を収拾した。キム潜水士をはじめ、民間人潜水士らは国民の英雄であり、義人として永遠に記憶に刻まれるだろう」と述べ、故人を追悼した。

 第20代総選挙でキム潜水士と縁を結んだ共に民主党のパク・ジュミン議員も追悼祭に参加した。キム潜水士は、ソウル恩平(ウンピョン)甲地域区から出馬した“セウォル号の弁護士”パク・ジュミン候補陣営で随行秘書の役割を自任し、選挙運動を手伝ったことがある。

 パク議員は、キム潜水士と生前一緒に会議を重ね準備したセウォル号被害支援法(4・16セウォル号惨事被害救済および支援等のための法律)改正案について説明し、国民の関心を求めた。

 パク議員は「キム潜水士の名前を取った法が国会に係留中だが、この法はセウォル号惨事と関連して被害にあわれた方々が適正な補償を受けられるようにし、今も心理的苦痛を訴えている方々が治療を受けられるようにするもの」だとし、「キム潜水士の尊い志を称え、同時に彼が成し遂げようとした課題を一つずつ解決していく段階としたい」と説明した。

 最後にキム潜水士の妻のキム・ヘヨン氏が舞台に上がり、追悼祭に出席した市民たちに感謝を伝えた。続けて、暗い海中に飛び込んで犠牲者たちを収拾した民間人潜水士らを忘れないでほしいと訴えた。

 キムさんは「セウォル号の惨事当時、暗い海の中をかきわけて潜り、子どもたちを家族のもとに帰れるようにした潜水士たちが、いまも苦痛を抱えている」とし、「苦痛を抱えている残った潜水士の方々の現実を決して忘れないでほしいと切にお願いしたい。彼らの力になってほしい」と力を込めて語った。続いて夫のキム潜水士に「『向こうで安らかに眠って』と言いたいです。今夜夢に現れたら『今まで元気だった』と話したいです」と語った。キム氏は追悼祭に参加した娘と息子に「お父さんはあなたたちをとても愛していたことを覚えていてほしい」と話した。

 一方、全羅南道珍島(チンド)にはキム潜水士の銅像が建てられた。この日午後3時頃、珍島郡臨淮面(イムフェミョン)白洞里(ペクドンリ)にある「セウォル号記憶の森」で、キム潜水士の銅像の除幕式が開かれた。今回の銅像は作家のチェ・インホ氏(52)が自費で制作し、寄贈したという。チェ氏は「キム潜水士の犠牲精神を称え、国民の生命の安全を放棄した国家権力に対する警鐘を鳴らしたい」と伝えた。

パク・スジン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:6/19(月) 11:34
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