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沖縄の仕立て職人は95歳! アロハ1日4枚、ミシンで華麗に縫い上げ 夢は「タキシードをもう一度」

6/19(月) 19:05配信

沖縄タイムス

 「私より年上の洋服仕立て職人を見たことがない。うちなーで私が1番年上だと思うよ」。沖縄県名護市城の長山幸夫さん(95)は現役の仕立て職人だ。かじまやーを迎えた今年も、自らデザインし縫い上げたアロハシャツを着てミシンに向かう。「このアロハシャツは1日に4、5枚は縫うよ」と笑顔で話す。

 1942年、背広の仕立て免許証を東京で取得し、47年に名護で長山洋服店を開業した。当時、生地のほつれを直すのは手作業のため苦労したが、すぐに工業用ミシンを購入した。ほつれ止め専用ミシンは幅約25センチ、奥行き約20センチ、高さ約10センチ、ハンドルの直径約18センチとコンパクト。見た目は小さくても重さはコンクリートブロック1個分ある。「洋服は裾のほつれがあってはだめ。このミシンは現役を退いたけど私と一緒によく頑張った」と長山さん。

 最近は「目がかなわない」とぼやく。針に糸を通すこと5回失敗。6回目には2代目の成寿(なりひさ)さん(53)に応援を求め、成寿さんが一発で糸を通すと「通ったね。すごい。見事」とちゃめっ気たっぷりに喜んだ。

 針を手にし職人魂に火がついた長山さんは「裾千鳥」や「奥まつり」縫いなどの技をすいすい披露。「裾千鳥縫いは千鳥が歩いた足跡に似ている。奥まつりは縫った後、糸が見えないようにする技」

 世界で通用する「背広服デザイナー認定証」も保持。50歳のころにはドイツで開催された「洋服オリンピック」に県内から唯一参加した。

 成寿さんは「第1号のミシンは10年前に動かなくなった。父はそのミシンを店で大事に飾っている。背広のオーダーが入ったときは寸法取り、型取り、裁断まで全て1人でこなす。感激するよ」と目を細める。

 「背広は最高級のフロックコートから始まり、モーニング、タキシードを1人で仕立てて初めて一人前。フロックコートやモーニングをもう一度仕立てたいな」と長山さん。きょうも年季の入ったミシンに向かう。(玉城学通信員)

最終更新:6/19(月) 19:05
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