ここから本文です

飯田城は戦国体感空間 珠洲市城跡ネットがイベント

6/19(月) 1:33配信

北國新聞社

 戦国時代の珠洲に築かれた山城に光を当てる「珠洲市城跡活用ネットワーク」の初イベント(北國新聞社後援)は18日、飯田城跡で行われ、約50人が地域資源としての魅力を探った。講師を務めた城郭研究の専門家、中井均(ひとし)滋賀県立大教授(日本考古学)は「戦国時代を体感できる空間だ。地元の誇りとして、子どもたちに伝えてほしい」と住民が主体となった山城の活用を呼び掛けた。

 16世紀後半の奥能登には、越後(現在の新潟県)の戦国大名上杉謙信が海路、軍勢を送り込み、能登畠山家に属する勢力と攻防を繰り広げた。

 飯田城には「畝状竪堀(うねじょうたてぼり)」と呼ばれる防御設備が残されている。緩やかな斜面に幅2、3メートルの堀を十数本掘り、よじ登る攻城側部隊の移動を防ぐ構造となっている。中井教授によると、上杉家の築城技術を反映しているという。

 参加者は中井教授の解説で草木が生い茂った城跡を巡り、竪堀のほか、斜面を垂直に削った「切岸(きりぎし)」などを確認し、戦国を生きた人々の知恵に触れた。

 散策後、飯田わくわく広場で講演した中井教授は、近世後期の史料に飯田城主が「不明」と表現され、地元の飯田町に城主にまつわる伝承が残っていないことを紹介し、畝状竪堀の存在と合わせ、越後から海を渡った上杉家の家臣が築城に関わり、短期間滞在した可能性を指摘した。

 中井教授は、石垣や天守閣のない飯田城について「土で造られた城の到達点」と評し、樹木の一部を伐採して眺望を確保することで郷土愛を育む地域資源になると見立てた。

 イベントは「珠洲の山城だって、おもしろい。」と題し、3月に発足した城跡ネットワークが企画した。今後も市内の城跡活用策を練る。

北國新聞社

最終更新:6/19(月) 1:33
北國新聞社