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ASEANに求められる技術革新――ASEANにおけるIoT/Industry 4.0の潮流

6/20(火) 11:10配信

ITmedia ビジネスオンライン

 技術革新や高付加価値化というと、日本や欧米などの先進国が中心と思われる方が多いかもしれない。しかし、近年、それはASEANにおいても、重要なテーマとなっている。

【シンガポールに研究拠点を設立している欧米企業の例】

 まず第1章ではASEAN各国政府におけるIoT/Industry 4.0への取組み状況、第2章ではASEANにおける技術革新の潮流と関連企業の動向、そして第3章では日本企業にとってのASEANにおける技術革新の意味合いについて論じたい。

●1. ASEANに届くIoT/Industry 4.0の波

 ASEAN企業は歴史的に、豊富な労働力を生かした労働集約型の低付加価値産業をベースに成長してきた。しかし今後、タイやマレーシアを筆頭に労働人口の成長は鈍化していく。また、賃金も上昇傾向にある中、それに見合う生産性を維持していかねばならないという課題がある。

 中国経済の鈍化も、中国を大きな輸出先とするASEANの重要なイシューである。ASEANから中国への輸出の多くは原材料や資源であり、中国の成長鈍化の影響をダイレクトに受ける。それが高付加価値の消費財・製品であれば需要は安定化するし、更に、高付加価値化が進めば多様な輸出先を獲得でき、中国への依存度も緩和することができる。

 そして、グローバルにおける経済の成長エンジンは、IoTやIndustry 4.0など、テクノロジーやコネクティビティに変化している。ASEAN各国がグローバルの変化に乗り遅れないためには、技術革新が不可欠である。

1.1 ASEAN各国政府の舵取り

 ASEAN各国の政府はこのような状況を深く認識し、濃淡はあれど、技術革新・高付加価値化を目指している。特に、シンガポールは特別な存在だ。最先端の技術立国を目指して世界中からあらゆる企業を誘致し、技術を取り込んでいる。また、Industry 4.0の生みの親であるドイツ政府との関係も深めている。

1.2 アジアにおける先進技術ポジションの取り合い

 一方、アジアにおける新興技術立国の座は、中国や台湾、インドなども狙っており、ASEANにとっては脅威である。

 特に中国は、人件費の高騰を背景に、製造業を中心とした技術革新に熱心に取り組んでいる。2015年には、「中国製造2025」を打ち出し、2025年までに日本・アメリカのような製造強国となる目標を掲げた。また、人工知能を主な国家戦略事業の一つとして選定し、産業育成に向けて巨額の資金を投下している。中国の人工知能関連の特許出願件数はすでに、米国に次ぐ世界2位である。

 ASEANは今後、高付加価値化に成功し、アジアをリードしていくのか、それとも、中国や台湾、インドなどのアジア周辺国の下請けとなるのか……今まさに、岐路に立たされている。

●2. ASEANにおける技術革新、高付加価値化の潮流

 各国政府による後押しの中、新たな事業機会を見据えた欧米企業がASEANに参入し、現地企業と連携しながら、先端技術の導入・高付加価値化を進める取り組みが、既に始まっている。

2.1 ASEANにおける技術革新のベースとなるシンガポール

 シンガポールにIoT/ Industry 4.0の研究拠点を置くグローバル企業が増えている。政府の積極的な支援、ASEANの中心という恵まれた立地、電力・交通・ネットなどのインフラが整っていることがその背景である。各社はシンガポールから、ASEANにおける先端技術の展開を狙っている。

2.2 ASEANの課題解決に、ビジネスチャンスあり

 ニーズがないところに先端技術を導入してもビジネスは成り立たない。ASEANにおける技術革新・高付加価値化はまだ初期段階であるが、一部では、産業の課題を解決するソリューションとしての導入が始まっている。グローバル企業の中には、ASEANで表層化している産業課題にうまくアプローチしているプレイヤーが見受けられ、以下に主な事例をご紹介する。

2.2.1 産業全体におけるエネルギー不足

 エネルギーの不足は、ASEANの慢性的な課題であり、増え続ける需要に対してインフラの構築が追いついていない状況にある。シーメンス(ドイツ)は積極的にグローバル水準の技術を導入し、ASEANのエネルギー市場で高いシェアを獲得している。

 シーメンスは、例えばVRを活用した工場建設の事前仮想シミュレーションや、プラントのモジュール化(※1)により、ASEANにおいて短期、かつ安価に、発電プラントを立上げている。また、世界中で稼働している発電プラントの運用データを分析して予知メンテナンスを実現。プラントのダウンタイムを最小化し、効率の向上に貢献している。

※1:プラントの複数構成要素(ガスタービン、ジェネレーター、インテークなどのパーツ・システム)の組み合わせ、モジュールをあらかじめ用意しておき、プラント建設時にレゴブロックのようにそれらを組み合わせることでスペックに沿った発電所を短期・安価に建設可能となる

2.2.2 製造業における人件費の高騰・熟練工不足

 ASEANの製造業は豊富な人材を活用した人海戦術が基本であったが、人件費の高騰により生産性の向上が必要な局面にある。また、熟練工が不足する中、アウトプットの質をどう維持していくかというのも課題である。

 ナイキ(アメリカ)はベトナムの靴工場において、2万人以上の工員を対象としたマネジメント・システムを導入している。工員の能力・稼働日はサーバーに集約され、プロダクトの仕様や生産量に応じて最適に振り分けられる。また、手作業によるアウトプットの品質を維持するために、バッチごとの品質モニタリングシステムや不良原因のトラッキングシステムも整備している。

 また、物流分野でも技術導入は進んでおり、例えば、マレーシア最大の郵便会社ポスラジュは2015年に韓国LG傘下のシステム会社が開発する物流自動化ソリューションを導入。従来対比で行員を約半分まで減らすことを目指している。また、DHL(ドイツ)による自動無人倉庫の展開は、シンガポールにおいてかなり進んでいる。

2.2.3 製造業におけるマス・カスタマイゼーションの必要性

 ASEANは様々な人種・宗教・生活習慣の人が集まる地域であり、特にコンシューマー・ビジネスにおいては、多様性への対応と効率をどのように両立していくかという課題が生じる。

 ユニリーバ(オランダ)はASEANの食品・生活用品の製造工場をスマート化することで、効率的に多様なニーズに答えた商品の製造に成功している。例えば、グローバル標準の工場設計に現地向けカスタマイズ機能を組み込み、グローバル・ブランドをローカライズする際の生産ラインの変更を簡単に行うことができる。市場需要にもとづいて商品の仕様やボリュームを変更する際も、生産ラインへの反映はスムーズに行われ、タイム・ラグは最小化されている。

2.3 段階的に進むASEANローカル製造業の高度化

 ASEANに拠点をもつグローバル製造業は、ナイキやユニリーバのように先端技術の導入を進めているが、ASEANのローカル製造業においても、今後技術革新・高付加価値化が進んでいく。

 但し、グローバル企業とローカル企業では課題・ニーズが異なる。例えばインドネシアやベトナムなどのローカル企業の技術革新は、自動化や省人化よりは、まず工場で働く人員の効率化や、手作業によるアウトプットの品質の向上など、身近な課題の解決を解決する観点で進んでいくと考えられる。

 また、生産コストが高く高付加価値製品を製造するシンガポールと、その他ASEAN諸国でも技術革新へのニーズは異なる。シンガポールは高付加価値で多品種の製品をいかに効率よく生産するか、というマス・カスタマイゼーションや、高い人件費を抑えるための自動化ニーズが高い。

 アークストーン(シンガポール)は、ローカル製造業に対して技術の高度化を支援するベンチャー企業であり、人員効率化や品質向上、生産性モニタリングなどのソフトウェア・ソリューションを提供している。同社のシステムは、やや古いマシンでも対応できるように工夫したり、一定の情報は手作業で入力してデータ処理負荷を抑えるなど、ASEANの顧客が使いやすい仕様となっている。

 また、アークストーンはASEANでIndustry 4.0の普及を目指すコンソーシアムSIMCO(Singapore Manufacturing Consortium)をリードしている。SIMCOにはRFIDを用いたトラッキングソリューションを提供する会社など、ローカル製造業を支援する6社のベンチャーが参画している。

●3. 日本企業にとってのASEANにおける技術革新の意味合い

 ASEANにおける技術革新・高付加価値化はまだ初期段階であるが、2章で見てきたように、一部では、産業の課題を解決するソリューションとしての導入が始まっている。市場には欧米や他アジアの企業も参入し、厳しい戦いとなる中、日本企業にとってASEANにおける技術革新・高付加価値化は、以下の3つの観点で重要となる。

3.1 日本企業のASEANにおける競争力の維持

 日本企業は長きにわたりASEANの発展をリードし、ポジションを確立してきた。但し、競争環境が変化する中、今後はASEANの一層の技術革新や高付加価値化に貢献できたプレイヤーが主権を握っていくことになる。日本企業の取り組みによっては、参入してきた欧米などの競合と立場が逆転する恐れもある。日本企業はASEANの技術革新・高付加価値化に対して、保有する技術力やポジションを最大限生かし、先陣を切って取り組んでいくべきである。

3.2 ASEANのグローバルにおける競争力の維持

ASEANにおける技術革新・高付加価値化がインドや中国に対比で遅れた場合はASEANのグローバルにおける立ち位置自体が低下する。日本企業にとってASEANは重要なマーケットであり、成長が鈍化するのは望ましくない。

3.3 日本企業のグローバルにおける競争力の強化

 ASEANでの取り組みは、日本企業のグローバルにおける競争力向上にもつながる。今後、ASEANは経済発展とともに発電プラントや工場、物流拠点などの新設が見込まれ、先端技術を導入しやすい環境にある。更に、各国政府は新しい取り組みを法制度などの観点から積極的に後押ししている。日本企業にとって新興国の中でもASEANは、一定のポジションを確立できている地域である。日本企業は他市場に先駆けてASEANで実験的に新しい技術を導入・実用化し、グローバルにおける自社の競争力を高めていくことができる。

 ASEANにおける技術革新・高付加価値化はASEANに閉じたイシューではなく、今後のグローバル各国の力関係や日本の将来の競争力にもインパクトを与える。日本企業は持ち前の技術力やASEANに確立したポジションを生かしてASEANの今後の経済・技術発展を主導しつつ、更にその中でグローバル競争力をつけていくべき段階にある。

([山邉圭介, 石毛陽子)
(ITmedia エグゼクティブ)