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【スペシャル対談】大橋秀行氏×渡辺元智氏  「負け試合が印象に」

6/20(火) 18:01配信

カナロコ by 神奈川新聞

 大橋ボクシングジム会長の大橋秀行氏(52)と、5度の甲子園優勝を誇る渡辺元智氏(72)。横浜高校の名を全国に広めた2人が、高校時代の思い出や「怪物」井上尚弥のエピソード、良きライバルとの出会いなどを語り合った。

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◆高校時代は 

  大橋 僕らが1年のとき、3年に愛甲猛投手(元ロッテ)がいて夏の甲子園で優勝しました。高校に入るまで野球に興味は全然なかったんですが、全国優勝にすごく感動して野球がすごく好きになりました。

 渡辺 ボクシング部は野球部の寮の上の3階で練習していた。野球部が甲子園に行くまではボクシング部が強くて、私もかなり影響を受けました。

 大橋 ボクシング部も野球部へのライバル心がものすごかったですね。渡辺先生は僕にとって雲の上の存在でした。

 渡辺 あの頃が横浜高校のスポーツの全盛期だった。大橋さんは2年のときにインターハイで優勝して学校でも有名だった。指導は厳しかったでしょう。よく辞めなかったですね。

 大橋 だいぶいなくなりました(笑)。

◆「井上尚弥」 

 渡辺 先月、5度目の防衛を果たした世界チャンピオンの井上尚弥選手はどのように育ててきましたか。

 大橋 あくまで本人の努力ですね。井上は今までも見たことのない天才的なボクサー。僕が一番心配していたのは慢心ですが、非常に謙虚なのです。

 渡辺 それだけの選手だと、育って当たり前という苦しさはあると思いますが。

 大橋 彼の場合はボクシング技術よりもメンタルな部分を指導しました。実は春夏連覇を達成したときの松坂大輔投手(ソフトバンク)が「平成の怪物」と呼ばれていたのにあやかって、僕が井上を「怪物」と名付けたのです。

◆好ライバル 

 渡辺 大橋さんはどんな子どもだったのですか。

 大橋 ボクシングを始めたのは5歳上の兄貴(克行)の影響です。いつもおもちゃのグローブで相手をさせられて、それから自然に入っていった感じですね。殴られるのが嫌だからよけるのがうまくなった(笑)。

 渡辺 韓国ですごい試合をやったと聞きました。

 大橋 実は当時最速タイの7戦目で世界戦に挑戦したのですね。相手は韓国人の張(チャン)正九(ジョング)でした。観衆は5万人。試合は負けましたが、自分が一番印象に残っている試合です。張とは東京でもやって、また負けました。そして3度目で別の選手に挑んでチャンピオンになった。でも張と2回戦って、得るものは大きかったですね。勝った試合よりも負けた試合のほうが印象に残っています。

◆変わる気質 

 渡辺 時代によって選手の気質も変わっていませんか。

 大橋 どんな時代にも根性のある選手はいます。いまは何をやっても食べていけるし、あえてボクシングの世界に来なくてもいい。その中で入ってくるというのは逆に根性があると思います。

 渡辺 いい話ですね。参考になります。

 大橋 チャンピオンにしようとすると厳しくしないといけないじゃないですか。そうするとすぐやめてしまう。見極めが難しくて。それは昔と変わりましたね。

◆5人の王者 

 渡辺 これからの目標を聞かせてください。

 大橋 ヨネクラジムは世界チャンピオンを5人輩出しているのですが、うちは3人。米倉会長を一番尊敬しているので、まずそれに追い付きたい。今年世界戦に挑戦する横浜高校出身の松本亮という選手がいます。21戦20勝18KOです。井上尚弥の弟、拓真も実力があります。もう一つの夢は横浜創学館高校が甲子園に出てくれることです(笑)。

 渡辺 森田によく言っておきましょう(笑)。苦労話も聞けて、ますます大橋ファンになりました。

 わたなべ・もとのり 横浜高-関東学院大。1968年から横浜高野球部監督を務め、甲子園では通算51勝、春夏合わせて5度の優勝を誇る。松坂大輔投手(ソフトバンク)や筒香嘉智外野手(横浜DeNA)ら多くのプロ野球選手を輩出し、2015年に勇退。松田町出身。72歳。

 おおはし・ひでゆき 大橋ボクシングジム会長。元プロボクサー。横浜高2年のとき、インターハイで優勝。現役時代はヨネクラジムに所属し、戦績は24戦19勝(12KO)5敗。元WBC世界ストロー級チャンピオン、元WBA世界ストロー級チャンピオン。日本プロボクシング協会会長も務めた。横浜市出身。52歳。