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巨人の万屋!? 困った時の鹿取さん

6/20(火) 12:20配信

ベースボールキング

白球つれづれ~第16回・鹿取義隆GM~

 使い減りがなく、使い勝手がいい。どこかの家電製品のCMではない。巨人の新GMに就任した鹿取義隆に抱く私のイメージだ。

 今月13日、名門球団に激震が走った。交流戦期間中に連なった敗戦はついに球団ワーストの13連敗。打てない、守れない、の悲惨な状態のまま、折しも球団の株主総会と取締役会とあっては何らかの打開策を打ち出すしかない。そこで発表されたのが堤辰佳GMの事実上の更迭と鹿取GM特別補佐の昇任だった。

何でもこなす万屋!?

 巨人のピンチに鹿取が登場するのはこれが初めてではない。今から40年近く前の1978年、怪物右腕・江川卓の入団を巡って球界は紛糾。社会的なバッシングを受けたジャイアンツはドラフト会議のボイコットを決断する。

 この時ドラフト外として入団したのが鹿取だ。1年間の戦力補強を怠れば後々のマイナス面は計り知れない。だが、この男がその後のプロ人生でドラ1並みの活躍をすることによりチームは救われた。ある時は抑え役、ある時は中継ぎ役、さらにローテーションの谷間があると先発としても起用された。

 明大時代には連日のように500球近く投げ込みをやったこともある。かと、思えばブルペンで10球近くも投げれば肩が出来上がる。87年には当時リーグ最多の63試合に登板して王巨人の初優勝に貢献した。西武に移籍後の90年には最優秀救援投手のタイトルも獲得。まさに使い勝手のいい存在だった。

 現役引退後は長嶋茂雄、原辰徳の下で投手コーチを歴任、特に長嶋時代には次から次へと継投を繰り返す「勘ピュータ采配」に「これではシーズン終盤まで投手が持ちません。考え直してください」と直言したという逸話が残っている。このあたりの骨っぽさは土佐っぽ、と言われる高知人の気質かもしれない。

 ユニフォームを脱いだ後も読売系スポーツ紙の評論家や侍ジャパンのテクニカル・ディレクターなどを歴任。常に読売グループの傘の下にいる。

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