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ロッテ井口 残り77試合で引退発表のワケ「自分の姿を見せて終わりたい」

6/21(水) 6:00配信

スポニチアネックス

 ロッテの井口資仁内野手(42)が20日、ZOZOマリンスタジアムで会見を開き、今季限りでの現役引退を表明した。日米5球団でプレーし、通算2243安打を記録。日本一3度、ワールドシリーズ制覇も経験した。球界最年長野手は、21年目を戦い終えてバットを置く瞬間まで全力を尽くす。

 すがすがしい表情で、井口がカメラのフラッシュを一身に浴びた。

 「今シーズン限りでユニホームを脱ぐことを発表させていただきたい。野球人生、21年目。その全てを残りの限られた打席の中で出し切りたい」

 66試合を終えたところでの早期発表。実は昨年12月の契約更改交渉の席で、球団に「1年だけ頑張らせてほしい」と伝えていた。両親にも話し「最後までやり抜いて頑張りなさい」と激励された。

 早い段階で引退表明してシーズンを戦うスタイルは、05~08年にプレーしたメジャーリーグでは珍しくない。井口は昨年引退したオルティス(レッドソックス)に影響を受けたという。「いろいろな地方で自分の姿を見せていた。そういう姿で終わりたいなと思った」と、同様の開幕前の発表を望んでいた。

 ただ、チームはオープン戦で勝率1位。「かなりいい状況にあったので、この流れを止めるような発表はやめよう」と先送りした。交流戦を終えて、この日がチームの練習再開日。練習前の円陣で同僚にも報告した。

 身の処し方すらフォア・ザ・チーム。常に勝利に貢献できる道を模索した結果が、ダイエー時代の99年に始まる日本一3度であり、メジャー1年目の05年からホワイトソックスで経験したワールドシリーズ制覇だった。「日本一&世界一」の達成は海を渡った日本選手で誰よりも早い。

 日米通算2000安打を達成した13年頃から「引き際はどこなんだろう」と考えることが増えた。「走攻守三拍子」が一番のこだわりだったが、近年は出場が減り、出番は主に代打。「違和感はあっちもそっちも全部。回復という言葉はない」と話すほど満身創痍(そうい)で戦ってきた。代名詞の右方向への強打も、少しずつ本来のものではなくなった。それでも「もう一度、右方向に強い大きな当たりを打ちたいと頑張っている」と自負は変わらず強い。

 野球人生を振り返るのは「全て終わってから」だと言い切る。一方で、長いプロ生活を送れた要因を聞かれると「やはり、野球が周りの人以上に好きなんじゃないかと自分で思っています」と穏やかに笑った。自分らしく去り際を表明した42歳。雄姿を見られる時間は、77試合残されている。 (町田 利衣)

 ◆井口 資仁(いぐち・ただひと)1974年(昭49)12月4日、東京都生まれの42歳。国学院久我山2年夏の甲子園に出場。青学大で東都大学野球リーグ記録の通算24本塁打。4年時の96年にアトランタ五輪に出場して銀メダルを獲得した。同年ドラフト1位(逆指名)でダイエー(現ソフトバンク)入団。05年からはホワイトソックス、フィリーズ、パドレスでプレーし、09年に日本球界に復帰してロッテ入団。盗塁王2度、ベストナイン、ゴールデングラブ賞各3度。オールスター出場9度。1メートル78、91キロ。右投げ右打ち。

 ≪井口の主なNPB記録≫

 ☆プロ野球記録☆

 ▽サヨナラ満塁本塁打2度(5人)=99年9月8日VS西武、09年4月16日VS楽天

 ▽1試合4二塁打(11人)=03年7月26日VSオリックス

 ▽5試合連続猛打賞(2人)=03年6月3日~6月8日

 ☆パ・リーグ記録☆

 ▽最多死球=146(プロ野球歴代4位)

 ☆ロッテ球団記録☆

 ▽最年長盗塁=41歳4カ月、16年4月19日VSソフトバンク

 ▽最年長サヨナラ打=41歳5カ月、16年5月14日VS楽天

 ▽最年長満塁本塁打=41歳7カ月、16年7月19日VS西武

 ☆その他☆

 ▽30本40盗塁(パ3人)=01年30本塁打44盗塁

 ▽全打順本塁打(9人)=09年4月7日VS日本ハム4番で達成

 ▽満塁本塁打13本=歴代5位タイ

 ▽サヨナラ本塁打7本=パ2位タイ