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max matsuura と小室哲哉、26年前の出会いの秘密 ~エイベックス大躍進の秘話~

6/21(水) 6:40配信

ニッポン放送「しゃベル」

エイベックス・グループ・ホールディングスの創業者であり、代表取締役社長 松浦勝人こと、max matsuuraがお送りする番組、ニッポン放送『max matsuura 仕事が遊びで遊びが仕事』(毎週日曜25:00~25:30)。7月2日に放送400回目を迎えることを記念して、4週にわたり、エイベックスの大躍進を支えたスペシャル・ゲスト 小室哲哉が登場。6月18日にその第1週が放送された。

ここでしか聞けない、エイベックス黎明期の秘密やTKヒット・ソング誕生秘話など、26年の付き合いとなる2人の歴史が紐解かれていく。

月曜の早朝、日本一早くオープンする、日本一ガラス張りの社長室。それが、エイベックス・グループ・ホールディングスの創業者であり、代表取締役社長、松浦勝人こと、max matsuuraがお送りする番組、『max matsuura 仕事が遊びで遊びが仕事』。

小室:あのぉ、(400回目のゲストが)僕でいいんですか? っていう感じだったんですよ、本当に。

松浦:いやいやいや(笑)。

小室:もっと爽やかな素晴らしい人がたくさんいるんじゃないかなって(笑)。

荘口(MC):はじまる前に2人で、面と向かって座ると、なんか恥ずかしいって話されてましたね。

松浦:いや~、恥ずかしいですね。何年経っても小室さんのことは“先生”ですから。

小室:僕、最初は松浦さんのことは“専務”と呼んでいたんですよ。「専務、専務」って。途中から“社長”になるんですけど。

松浦:呼びづらいでしょ?

小室:いろいろ呼び方があるので難しいんですよ。

松浦:呼ぶのに、なんて呼んでいいのか迷っているのを感じるんですよ(笑)。

小室:同席している方の感じに合わせてとか、会社的には“社長”がいいのかな、とか(笑)。

松浦:小室さんの90年代がすごすぎたので、関係性は崩れないんですよ。なんか、先輩後輩の関係が変わらないように。

荘口:いつまで経っても小室さんは先輩ですもんね、お会いになったのって26年前ですよね。1991年ですか? 1番最初に会った場所は?

松浦:キャピトル東急ですよね?

小室:そう。ORIGAMIっていうラウンジで。

荘口:どんな印象でしたか?

松浦:よく覚えているのが「TMN(TM NETWORKの別名称)の楽曲のカバー・アルバムを作りたい」って話をさせていただいて。その時に小室さんに「やらないほうがいいんじゃないの」って言われたのを覚えています。エイベックスって邦楽を扱ってなかったから、当時はとがったイメージがあったんですよ。「TMNのカバーをやったら丸くなっちゃうんじゃないの」って言われました。

小室:TMNは、ピーク(ミリオン・ヒットが出せない)が落ち着いたタイミングだったので、ちょっと、遠慮がちだったんですね。「そんなに数字が伸びないかもしれませんよ」って言った気がするんです。

松浦:エイベックスは当時、ダンスミュージックに特化してユーロビートやハイエナジーをやっていたんですね。同じ時期に、音楽シーンで邦楽を英語詞にして洋楽っぽくカバーすることが流行っていて。エイベックスで一番向いている日本のアーティストは誰かなって時に、TM NETWORKしか思いつかなくて。当時は、芸能界や音楽業界のことは知らなくって。それこそ、僕は貸しレコード屋をやっていた時に店頭で、TM NETWORKのCDを貸していた側だったんですけど、やたらに借りられていた印象があったんです。イメージとして、とがってるとがってないというのはわからなくはなかったんですけど、ピークから落ち着いたっていう感じはなかったんです。

小室:そうなんだ。

松浦:当時、会社から言われていたミッションが「10万枚売れるアルバムを年間最低3枚作らないと会社が潰れる」っていうのがあって(笑)。でも、所属アーティストが誰もいないから。とりえず企画盤で年間3枚は当てないとまずいっていう必死な状況だったんですよ。

小室:今聞くと、10万枚っていう枚数はクリアできていたグループ(TMN)でしたね(笑)。あと、いろいろハードルがあったんですよ。僕ってよりはエイベックスのスタッフが大変で。当時TMNが所属していたソニー・ミュージックとのレコード会社間を越えての権利処理が厳しかったと思いますね。当然、TMNはエイベックスのアーティストではなかったですから。苦労されたと思います。でも結果リリースされた時に、「なんか今、TMすごい売ってるよね、メーカーが押してるよね」って言われたんですよ。あと、『夜ヒット』(当時の音楽番組)のひな壇で「(デイブ・ロジャースがミックスした音が)かっこよくて買ったんだよね」ってハウンドドッグのドラマーの方に言われたんですよ。

荘口:へぇ。

小室:「いいよね!」って。でも、僕は何もやってないから(笑)。外からの大きな反響を感じてびっくりしたんです。あと、最初に会った帰り際に「テクノってすごいいっすよ」って社長から言われて。「ひとつ強いフレーズができたらめちゃめちゃ売れますよ」ってアドバイスをもらったんです。それが結構響いていて。で、いろんな人に相談したら「テクノは小室君にはあってるよ。やったほうがいいよ絶対」って言われて。そこから真剣に考え始めたんです。

松浦:それが後々trfになるんですね。

荘口:1992年にtrfを結成されたと。その時、一緒にやることはなんとなく見えていたんですか?

松浦:いや、その時は、それよりもまず目の前のリリースを形にすることの方が大問題で。さっき、小室さんが言ったようにTMNはソニー・ミュージックのアーティストでしたから。カバーであってもアルバムだったので楽曲使用の許可を取るというのは、今でこそ他のレコード会社のアーティストやボーカルでも、他のレコード会社のCDとして出すのって珍しくないですけど、当時はカバーでも難しかったんですね。本当にソニーに行って「僕たち何にもわかりません」って(笑)。それだけで通しましたね。その時のソニーの担当の方がいなかったら、今のエイベックスはないです(笑)。

荘口:そこで「はっ?」って、門前払いされてもおかしくなかったという。

松浦:最初は、門前払いに近かったんですよ、本当に。今だから言える話ですけど「ダメって言われても小室さんに言われてやってるんで困るんですけど」って(笑)。

全員:ははは(笑)。

松浦:「なんにもわかりません」って(笑)。当時、うちの千葉龍平(現Avex International Holding Corporationの代表取締役社長)が別の会社にいたんですよ。千葉は広告代理店(クリエイティブマックス)だったんで。「レコード会社の俺が行くよりも、お前が行った方がたぶん通るよって。レコード会社の人間が行かない方がいいって」と、ほとんど千葉に交渉させて(笑)。こうやったほうがいいよとか、ああやったほうがいいよとかいって(笑)。

荘口:一番面倒なところは任せて(笑)。

小室:でも本当に、針の穴を通すぐらいの抜け道だったんですよ。最初は『TMN MEETS DISCO STYLE』って仮タイトルだったんだよね。

松浦:最初はね。ずっとタイトルにTMNの名前が入ることにこだわっていたら、ソニーの人が「TMNがディスコ・スタイルに会うじゃなくて、TMNの歌が会うんでしょ?」って言われて。で、「じゃあTMN SONGSだったらいいんですか?」って。で、「う~ん」ってなって。それで向こうの提案で『TMN SONG MEETS DISCO STYLE』になって(笑)。苦肉の策を考えてもらっちゃったんですよ。

小室:それで、その現場の人は「お前、それじゃっ企画が通っちゃうよ」って上の人たちに怒られたっていう(笑)。

松浦:はぁ、そうなんだ(笑)。

荘口:あ、それも初めて聞いたんですね(笑)。

小室:「それならOKなんだよ」って怒られたそうです。もちろん結果的に売れたのでよかったんですけどね。僕ももちろん嬉しかったですしーー。

6月25日(日)、7月2日(日)、7月9日(日)の放送でも、番組400回を祝してゲストに小室哲哉が登場する。90年代を駆け抜けたTKファミリーとエイベックス大躍進。ここでしか聴けないtrfや安室奈美恵、globe、華原朋美などのタイアップ裏話や制作の秘密など、秘話の連続に注目だ。

ニッポン放送