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松井玲奈の女優への転向例から見た「アイドル」卒業後の一つの道

6/21(水) 14:44配信

MusicVoice

 アイドルというステータスから新たな道に進む場合、その過去の名がレッテルとなって、大きく開花するまで時間が掛かる印象がある。そこには新たに選択した道で積んでいくキャリアも必要であり、また変な話かもしれないが、アイドルだったという印象が薄れるだろう期間も必要かもしれない。ともすればそこには何年も、下手をすれば何十年もの年月を経る必要があるのでは、という推測があるからだ。

【写真】舞台挨拶のもよう

 しかし、役者として今ホットな活躍を展開している元SKE48/乃木坂46の松井玲奈の“役者”ぶりには、驚きを隠せない。この4月に放送されたテレビドラマ『笑う招き猫』(TBS系)に出演した松井の姿、演技には、言葉を失うほどに驚いた記憶がある。もっとも、このテレビドラマはあくまで後に公開された映画版の“おまけ”のような存在だったのだが、それでも見ているだけで「体を張っている」と思わせるほどの体当たりの取り組みには、大いに驚かされたものだった。

 たとえば、泣き声。割とハスキーな性質を持つ松井だが、この作品で見せた彼女の泣き声は完全に「ダミ声」といえるほどの声だった。おそらくこの声は、きれいな声で歌うアイドルという立場だったならば、他からNGが出るかまたは本人が自粛するだろうと思えるほど、とても想像できないものだ。松井はドラマ、映画版とそんな演技を見せる一方で、役柄にある本質、役柄の持つバックグラウンドをしっかりと意識した、役者然とした一面もしっかりと見せている。

 2015年にSKE48を卒業、アイドルとしての活動に終止符を打った松井。あれからもうすぐ2年になるが、卒業後に女優という道を進んだということからすれば、決してまだそれほど長いときが過ぎたという印象はない。その意味では、まだ「女優 松井玲奈」を開花させる時期は、まだ遠い先の話ではないか? という印象があった。

 しかし松井はSKE48卒業後に「ニーチェ先生」(日本テレビ系)、「フラジャイル」(フジテレビ系)、「初恋芸人」(NHK BS)、「神奈川県厚木市 ランドリー茅ヶ崎」(TBS系)と立て続けにドラマに出演、さらには舞台「新・幕末純情伝」、映画「はらはらなのか。」(今年4月1日に公開)、そしてこの『笑う招き猫』に出演と、演技に対して精力的な活動を展開しており、その意味では休む間もなく女優への道に真摯に向き合っていたこともうなずける。

 その一方で、松井はSKE48/乃木坂46時代にもドラマなどの出演もあり、その時点で様々な思いを巡らせていたことも推測される。かつてSKE48時代には、絶対的エースともいえる松井珠理奈との二枚看板、「W松井」と呼ばれ注目の一人でもあった頃、彼女らが出演したイベントを取材したことがあるのだが、その際にはダジャレ好きで明るい雰囲気を振りまく松井珠理奈に対し、松井玲奈はどちらかというと真面目な印象を感じた。その後アイドルから女優へと移行していったが、アイドル時代にそんなキャラクター性を見せていたこと自体には、実は彼女は意図的にその遍歴に大きな意味を持たせていたのかもしれない。

 6月10日に公開となった映画『めがみさま』で、松井は主人公の女性を演じている。このストーリーは、とある引きこもりの一人の女性と、彼女らを取り巻く人々との生活で巻き起こる様々な出来事を通して、その女性が自身の道を見つめ直していく様を描く。若干複雑に構成された印象もあるストーリーの中で、松井は心に傷を負った女性という難しい役柄を演じている。

 もちろん激情感丸出しの熱演シーンもあるが、決して勢いだけでは演じきれない主人公の性質を、松井は見事に演じ切っている。引きこもりという性質の人間を様々な視点で見つめ、解釈している部分にも非常にストイックな姿勢が見える。また“演技する”というよりは“物語を成立させる”という意識を感じさせる印象が強く、プロフェッショナルな意思すら感じられる。

 今後どのような役者となっていくのだろう? 松井はその成長が楽しみと思える大きな可能性を見せている。松井の例は、厳しいといわれるアイドルの、卒業後の進路の例の中では、非常に有益な方向に進んでいるようにも見える。このようにアイドルという特殊な人生を歩んだ者が、その後どのような道をどのように選択して進んでいくのか、あるいは進むべきなのかなど、改めて注目してみるのも興味深いところではないだろうか。(文=桂 伸也)

最終更新:6/23(金) 12:57
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