ここから本文です

人工知能って結局何なの? 知能と知性の違いから考える

6/22(木) 8:17配信

ITmedia エンタープライズ

 2017年、人工知能(Artificial Intelligence)という言葉をビジネスの現場で聞かない日はありません。車を自動で運転し、消費者の質問に何でも答え、マーケティングの効果予測を行い、人の採用をサポートし、農作物の病気を予防する――。まるで人工知能は万能で、あらゆる問題を解決するヒーローのようです。

【人工知能に抱くイメージは、国によって異なる】

 一方で、人工知能と呼ばれているシステムを詳しく調べると、単なる重回帰、あるいは決定木にすぎないものも多く、デジタルマーケティング領域で人工知能を研究している私としては「それで人工知能と呼んでいいの?」と考えさせられるケースも少なくありません。

 昨今、人工知能という言葉が、会社や製品をアピールするための「マーケティング用語」として使われる機会が増えています。それ自体は悪い話ではないと思いますが、中身が伴わない人工知能の乱造は、悪貨が良貨を駆逐するような事態につながらないでしょうか。

 本連載では「人工知能」というテーマに対して、主にビジネス向けのAI活用という観点から、仕事、働き方、社会への影響、システム、データの取り扱いなど、多くの人が人工知能に抱いている誤解を取り上げます。

●「人工知能」とは何か、いまだ定義はできていない

 そもそも、人工知能とは何でしょうか。現在のところ、学術的な定義はないと私は認識しています。例えば、2016年に近代科学社から出版された書籍「人工知能とは」では、最先端を走る研究者13人に人工知能の定義を聞いていますが、その回答は意外とバラバラです。なぜでしょうか。

 人工知能の研究に携わる多くの研究者は、DNN(ディープラーニング、ディープニューラルネットワーク)やCNN(畳み込みニューラルネットワーク)などの基礎分野、あるいは画像認識や自然言語処理などの応用分野に従事しています。彼らはあらゆる場面で活躍する万能な人工知能(例えば、鉄腕アトムのような少年ロボット)の実現を研究しているわけではなく、知能の一領域における“機械による自動化”を研究しているのです。

 「万能な人工知能」というのは、これらの“ピース”が組み合わさったものだと考えてよいでしょう。つまり、鉄腕アトムが生まれるまでには、2段階のカベがあるというわけです。その1段階目が未完成であるため、2段階目の正確な定義はより難しいものになるわけです。

 ちなみに、総務省が発表した「ICTの進化が雇用と働き方に及ぼす影響に関する調査研究(2016年)」によると、人工知能に抱くイメージとして、日本では「コンピュータが人間のように見たり、聞いたり、話したりする技術」が最も多いのに対し、米国では「人間の脳の認知、判断などの機能を、人間の脳の仕組みとは異なる仕組みで実現する技術」という考えが最も多いことが分かっています。

 ここから分かるのは、人によっても、そしてその人が住む国によっても、人工知能とは何かという定義が異なります。こうした「人工知能とは何か」が定義できないさまざまな背景が、“言ったもの勝ち”な状況につながっているのかもしれません。

●「知能」とは何か、「知性」とは何が違うのか

 連載を進めるにあたって、「人工知能」の定義がないままでは話を進めにくいので、ひとまず、この連載における定義をしようと思います。

 人工知能というのは、造られた(Artificial)知能(Intelligence)という意味なので、まず「知能とは何か」を考える必要があるでしょう。それと同時に、「なぜ知性(Intellect)とは言わないのか」についても触れるべきだと思っています。「知能」も「知性」も人間に備わっているのに、なぜ知能のみが対象なのでしょうか。

 私はここに人工知能に対する誤解を解くヒントがあると思っています。知能と知性、意味が異なる2つの単語を混同し、同様に扱ってしまうことで、さまざまな“すれ違い”が起こっているのです。

 多摩大学大学院の教授で、元内閣官房参与の田坂広志氏は、知能を「答えのある問いに対して答えを見いだす能力」、知性は「答えのない問いに対して考え続ける能力」と定義しています。

 答えのない問いを考え続ける――知性の具体的な例としては、トヨタ生産方式の生みの親である大野耐一氏の話が分かりやすいでしょう。彼は、必要な品物を、必要なときに、必要な量だけ在庫し、いつ何を買いに行っても品ぞろえ豊富なアメリカのスーパーマーケットを視察して、「ジャストインタイム」の仕組みを発展させたそうです。

 「どうすれば徹底的にムダを排除できるか?」という問いに、決まった答えはないでしょう。大野氏は答えを考え続けるために、目の前の問題の本質をつかみ、抽象化し、あらゆるフレームに当てはめたのです。その1つが、自動車の製造とはほぼ関係のないスーパーマーケットの仕組みでした。

 知性とは、途切れることなく(「こんなものだろう」と割り切ることなく)考え続けられるか、つまり、知識の共通点を発見し、ひも付ける汎用的思考と教養が問われます。雑談などがその代表例でしょう。今のところ、これは人間のほうが得意だと言えます。

 一方、決まっている答えを出す能力である知能は、知っているか知らないか、つまり、その問いの領域における知識量や奥深さが問われます。これは人間よりもコンピュータのほうが得意でしょう。これが知能と知性の違いです。

 この連載では、この考えに従って、人工知能を「答えのある問いに対し、答えを見いだすことを目的に、人が作り出したシステム」と定義します。

●「知能」を持つ弱いAI、「知性」を持つ強いAI

 1980年、アメリカの哲学者ジョン・サールは論文の中で、人工知能がもたらす技術革新と社会への貢献を認めて「弱いAI」としつつ、哲学的思考として、人間の知能を人工的に作ろうとする取り組みを「強いAI」として批判しました。

 以降、思考とは何か、意識とは何か、といった論争が繰り広げられることになります。これが有名な「強いAIと弱いAI」論争です。

 私は、ジョン・サールが警鐘を鳴らしたのは、人工的な「知性」の創造ではなかったか? と思っています。今、私たちが見聞きしている人工知能のほとんどは、膨大な知識から推論と問題解決を行うシステム、つまり弱いAIです。一方、答えが思い浮かばない問題(「人はなぜ生きるのか?」など)のために、膨大な知識を「知性」を駆使して思考し、自分なりの考えを述べる。これは強いAIでしょう。

 知能を持つのが弱いAI、知性を持つのが強いAI。こう考えると、昨今の人工知能に対する批判や危惧の多くは強いAI、“人工知性”に対してのものであることが分かります。私を含む研究者は「知性を作るのは(今は)無理じゃない?」と反応せざるを得ません。これが議論がすれ違ってしまう背景です。

 こうした前提を踏まえて、仕事、働き方、社会への影響、システム、データの取り扱いなど、ビジネスに人工知能を活用する上で起こっているさまざまな誤解を1つ1つ検証していきたいと思います。お楽しみに。

●著者プロフィール:松本健太郎
株式会社ロックオン開発部エンジニア 兼任 マーケティングメトリックス研究所所長。
セイバーメトリクスなどのスポーツ分析は評判が高く、NHKに出演した経験もある。他にも政治、経済、文化などさまざまなデータをデジタル化し、分析・予測することを得意とする。
本業はデジタルマーケティングと人工知能を交差させて、マーケティングロボットを現場で運用すること。