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浮かぶ音景 SUGIZO、映画出演作サントラが好評

6/22(木) 15:08配信

カナロコ by 神奈川新聞

 秦野市出身で、ロックバンド「LUNA SEA」、「X JAPAN」のギタリスト・バイオリニストとして世界で活躍するSUGIZO(47)が音楽監督を務め、出演もした映画「TOKYOデシベル」(監督・辻仁成)のサウンドトラック「TOKYO DECIBELS~ORIGINAL MOTION PICTURE SOUNDTRACK~」が好評だ。

 「東京の音の地図を作る」

 高速道路を車が行き交う様子、地下鉄が車両を揺らす音、ビルの間にある寺の鐘の音、電車の高架下、スクランブル交差点。アルバムに収録されている日常の音は、SUGIZO自ら街中を歩いて、呼吸する東京を切り取ったものだ。

 「生き物のようにうねりを感じるものにしたい」

 そう構想し、編み上げた「水平線の幻都」では、打ち上げ花火やセミの鳴き声、祭りばやし、人々の会話、航空機の飛行音などの環境音を何層にも重ねた。
 形作られた音は、聴き手が自分だけの情景を無限に広げることができる日常音。しかし、音を凝縮したことで、そのイメージを一変させる。

 それは、街中に潜む光と闇。生き物のような東京を凝縮した音は、雑踏の中でうごめく、言葉になっていない、人間の怒りや悲しみまでも想像させる。聴き手はその音の中で手玉に取るされ、街中にぽっかりと空いたブラックホールの中に吸い込まれるような危機感に襲われる。

 映画タイトルと同じサウンドラックは、世界で活躍する尺八奏者で、映画にも出演する入江要介が、揺らぐ音色で幻想空間へと誘う。SUGIZOの寄り添うようなアコースティックギターの音は、進み続ける時の中で見失いかけた、心の形を思い出させてくれる。

 SUGIZOが生み出した映画音楽の軸にあるのは、ドビュッシーの「夢想」だ。同曲は1890年、28歳前後だったドビュッシーが失恋後、失意の中で制作したと言われている。

 愛する人と過ごした夢のように幸せだった日々。追想するように広がる曲は目が覚めているけれど、どこかぼんやりと視線をさまよわせてしまう不安定さを感じる。

 アルバムでは、三つのバージョンの「夢想」が収録されている。

 心に最も近い楽器とされる口笛のみで構成した「夢想 ~ 草原を流れゆく風」では、3オクターブ近い音域と、独自の演奏で聴き手を魅了する口笛太郎が、頬をくすぐる風のような音色を披露。SUGIZOのアコースティックギターと、入江の尺八で構成した「夢想 ~ 夕映えの輪舞」は合わせられた音がミルフィーユのように、何層にも重なった夕焼けを思わせる。沈む太陽の光を受け、セピア色に染まった景色は、時間を緩やかにしてくれる。

 アルバムの最後を締めくくる「夢想 ~ 鍵盤の夢、音の地図」は、辻の映画「千年旅人」のオリジナル・サウンドトラック「Kanata」でメジャーデビューしたピアニストで作曲家のAricoが参加。序盤では空に広がっていく音を導くタクトのようなSUGIZOのバイオリンが印象的だ。

 曲中ではSUGIZOのアルバム「音」でも駆使したモジュラーシンセサイザーを活用。SUGIZOが敬愛していた世界的なシンセサイザー・アーティストの冨田勲(2016年5月に死去)の世界を彷彿(ほうふつ)とさせるような、壮大なシンセサイザーの音は、日本人で初めて米グラミー賞にノミネートされるなど、世界的な評価を受けた故人の、「遺志を引き継ぎ、全霊で音楽を作る」というSUGIZOの強い思いを感じさせる。

 アルバムのブックレット内には、辻が書き下ろしたライナーノーツを掲載。「SUGIZOの音景」と題した文章には、「SUGIZOが生み出す音世界は、まず景色が立ち上がってくる」と称賛。「今後もタッグを組み、創作していきたい」と締めくくっている。



 映画「TOKYOデシベル」は、辻が手がけた同名小説が原作。「東京の音の地図を作る」と、さえずる鳥の声や流れる川など東京の街にガンマイクを向ける主人公の大学教授・宙也(松岡充/SOPHIA、MICHAEL)とその娘。宙也の元を去った恋人のフミ(安達祐実)、家政婦として宙也に近づき、宙也にフミの生活を盗聴することを提案する謎の女・マリコ(安倍なつみ)らの複雑な関係が描かれている。

 同作は、辻にとって9度目の監督作品。辻は1996年に芥川賞を受賞した「海峡の光」を中村獅童主演で2014年に舞台化した際、SUGIZOと出会った。「SUGIZOさんの、繊細でドラマツルギーがある妖艶なバイオリンの音が、新しい舞台にぴったり。ぜひ、音楽を作ってほしい」と制作を依頼したのがきっかけだった。以来、互いに「シンパシーを感じる」と交友を重ね、16年には辻のコンサートにSUGIZOが飛び入り出演し、共演したこともある。

 辻がSUGIZOに映画「TOKYOデシベル」の音楽監督を依頼したのは、舞台音楽を作っていく過程でSUGIZOが「稽古を見て、感じ、そこに広がる空気を音に含めたい」と、何度も稽古現場に足を運ぶ姿に感銘を受けたからだ。

 だから今回、「映画に興味がないですか?」と再共演を打診。幼い頃から映画が好きで、高校1年生の時には、ジョージ・ルーカスがアメリカで設立した特殊効果スタジオ「インダストリアル・ライト&マジック」に入社して映画制作者の道に進むか、バイオリン奏者になるべきか迷っていたSUGIZOに取っては、願ってもない好機で、「ぜひ!」と快諾し、再びタッグを組むことが決まった。

 映画では、フミと添い寝をする謎の男・黒沢にふんしたSUGIZO。辻から「演技をしないように。素になって」という指導を受け、臨んだシーンでは、これまで目にしたことがないような表情を見せており、SUGIZO自身も「肩の力を抜いた自分を目にした時は新鮮だった」と発見があったよう。

 SUGIZOは舞台のときと同じく、自分の出演シーン以外も、足しげく現場に通ったという。映画・アルバムの中で重要な鍵を握る鐘の音は、東京・新宿にある「天龍寺」のもの。新宿区の指定文化財・工芸品にされている「時の鐘」は総高155センチ、口径85・5センチの釣り鐘で、1967年に鋳造された。明治のころから内藤新宿に時刻を告げてきた由緒あるものだ。
 
 小説と映画の中に登場する、「窓を開けて高速道路の音を聴くと、(寄せて返す)波の音に聴こえない?」というセリフを「音で表現してほしい」と辻に依頼されたSUGIZOは、高速道路を行き来する車の音を自ら集音。手にした音をループさせた際は、苦手と感じていた高速道路の音が、波の音に変わって聴こえたことに感動したそう。辻は「僕自身、高速道路近くに住んでいた30代半ばに、高速の音が波の音のようだと体感したことが、この物語が生まれた始まりだったので、SUGIZOさんの音を聴いたときは、ゾクッとしました」と振り返っている。

 SUGIZOが重ねた音の宇宙は、揺れ動く心情を表現する。それは辻が映画で描いた人間たちの心模様でもある。