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粋なお酒の飲み方って? 落語家が気をつけている「当たり前のこと」 下戸の噺家さんほど「うまそ~」

6/27(火) 7:00配信

withnews

 くたくたに仕事で疲れた夜。酒を体に注ぎ込んだ瞬間の極上の気持ちはたまりません。1杯、2杯、3杯、4杯、気付けば、数えられないほど。とはいえ、酒にのまれてしまえば、誰かに迷惑を掛けることになるのも酒飲みで、反省した朝は数知れず。落語にはどうしようもない酒飲みがたくさん登場します。でも、なぜか憎めない。なぜでしょうか? 粋な酒のしぐさがたまらない落語家、五街道雲助師匠に聞いてみましょう。(朝日新聞文化くらし報道部記者・江戸川夏樹)

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粋な酒のしぐさがたまらない、雲助師匠とは

 古典落語の正統派、実力派とも言われる雲助師匠は東京の下町、墨田区本所で生まれた江戸っ子です。小さい頃から母親と寄席に通い、明治大学を中退して1968年に金原亭馬生に入門。1981年に真打ちに昇進しました。この道50年の芸は、登場人物の性格を浮き彫りにし、クスッと笑わせながらも、ほろりとした人情がにじみ出ます。その師匠、他のはなし家さんに言わせると「結構酒飲みですよ」。

 では落語の世界の飲んべえたちに登場願いましょう。

お酒が好きで好きで、何度失敗してもやめられないタイプが主人公なのは

 古典落語「富久」。江戸時代に庶民が夢を見た富くじを巡る物語です。

 幇間=たいこ持ちの久蔵はある日、大家から富くじを買います。「当たったらまともになる」と誓った矢先、出禁になっていた得意先が火事に。駆けつけて家財道具を運んだことで、再び出入りを認められ、喜びのあまり、酒を飲んでしまう。禁酒あけの酒ほどうまいものはない。

 師匠は久蔵のふらつく様子を「この人、酔ってる?」と思わせる動きをしながら、右手ですっとのどから胃までの道筋をたどって、ひと言。

 「五臓六腑にしみわたる。酒が行きどころを知ってるね~」

 わかる!! 体にしみいっていく酒が目に見えるようです。

 酒を飲んだ瞬間の心地よさはこのように表現したらいいのか! 師匠の落語を聞いた日から、ビールでも、焼酎でも、ウイスキーでも、ワインでも、しつこいというほどにこの表現、使わせてもらっています。

 久蔵とまでは行かなくても、酒で「やってしまった」という経験をお持ちの方は多いはず。私もたくさんあります。12月24日、楽しく女子会をした帰り道に転び、歯が欠けたこと2回。気が大きくなって先輩にとんでもないことを言ったようなこともありました。あまり覚えていないのですが。そんな時こそ、落語の芸術的表現で助けてもらいたいものです。

 ――なぜ、そんなに酒のしぐさが上手なのでしょうか

 「美味しいというのを知っているからこそ、しぐさに感情がこもる。こぼしたらもったいないと思えば、縁まで注いでおっとっとというしぐさをしてしまう。そんなものです」

 「実際、酔ったら言葉なんてわからなくなる。でもへべれけでもせりふがわからなきゃいけないのが落語。芸のうそってもんです。下戸の噺家の方が、しぐさはうまいです。よく見ているから。酒飲みは一緒に飲んでしまってわからなくなっちゃうでしょ」
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 「芸と現実の話っていうとね、小さん師匠(五代目柳家小さん)の十八番に「時そば」というはなしがあるんです。そばをつるつるって食べるしぐさがうまくてね。あるとき、小さん師匠がそば屋に行ったら、『この人はさぞやうまく食べるんだろう』とじっと見られて、食べづらかったって言ってましたよ」

 ――師匠の酒飲みのしぐさ、「この人、楽屋で飲んできた?」と思うほどですが、昔からお好きでしたか

 「若い頃は酒を飲むとじんましんが出るほどの下戸でした。噺家は酒のしぐさが多いし、酒が飲める人生の方が楽しそうだなと、毎日、少しずつ飲むようにしてね、知らぬ間に結構飲むようになっていました」

 「うちの馬生師匠は、いい日本酒をちびりちびりと飲む。ある日、『この酒、味が落ちたね』って言うんですよ。出入りの酒屋さんにそう伝えたら、『今日は搬送に時間がかかってしまって』と言って、それ以降は、酒蔵からじかに来るようになりました。酒の味がわかっていました」

 「私は逆。とにかく量。昔は、酒は酔うための道具だった。だから、どんな酒でもよかったんです。二級酒でも、もしあるならば、酒の血管注射でも。酔うことが好きだった。そんな、安い酒を浴びるように飲んでいた頃、師匠に連れられて、新潟の地酒をごちそうになったことがあってね。そりゃーうまかった。すーっと、腹の中に入ってきた。その感情が落語になっているのかもしれませんね」

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最終更新:6/27(火) 7:00
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