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「IoTデータの証券取引所」とは何か、日本経済の行く末

6/23(金) 7:55配信

@IT

 日々使っているスマートフォン(スマホ)は、持ち主が意識せずとも、位置情報、動線情報、アクティビティー、ヘルスケア情報など、さまざまなデータを取得している。スマホが自動取得したそのようなデータを第三者に販売できるとしたら、あなたはどのように感じるだろうか。

IoTデータの世界に横串を刺して、データ流通の新しい形を作ろうとしている(出典:エブリセンスジャパン)

 と言われても、にわかにはぴんとこないかもしれないが、近い将来、このようなC2B(Consumer to Business)のデータ販売ビジネスが本格化するかもしれない。スマホは、所持しているだけで、その持ち主に関係するあらゆる情報を常時取得している。そのような、所有者本人ですら記録されていることを意識しない情報を、それを必要としている事業者にビッグデータの一部として引き渡すための仲介ビジネスが登場した。

 「IoT情報流通プラットフォーム」を自称するスタートアップ。それが今回紹介するエブリセンスジャパンである。IoT(Internet of Things)時代は、膨大なデータ、いわゆるビッグデータがネットに接続した“モノ”から吐き出される世界でもある。“モノ”をネットに接続することの最大の意義は、“モノ”が吐き出すデータをクラウドにアップロードして分析、解析した後、現実社会にフィードバックして業務や生活一般の課題解決に役立てる点にある。

 結構なことだと思う。ただ、漠然とではあるが、疑問に思う部分もある。「第4次産業革命」などと呼ばれるIoTだが、上記のようなフィードバックループが「革命」を名乗るほど大げさな話なのだろうか、という疑問だ。先日、幕張メッセで開催された「Interop 2017」の会場ではあちらこちらでIoTの文字が踊っていた。IoTデータのフィードバックループによるソリューションが各所で提案されており、来場者の多くが高い関心を寄せているのが見てとれた。

 だが、そこで語られているIoTの多くは、業務の効率化やコストダウンの一手法の域を出ていないように感じたのだ。「それって、本当に革命なのか? それは単なるOA(オフィスオートメーション)であり、FA(ファクトリーオートメーション)の進化型にすぎないのでは?」と自問しながら会場を後にした。

●今のIoTは、サービスの高度化であり「革命」ではない

 IoTの解説でよく目にする事例がある。世界中で稼働しているブルドーザーやジェット旅客機からリアルタイムでデータを吸い上げ分析することで、保守管理や稼働管理に生かし、効率化やコストダウンを実現して、ユーザー企業から喜ばれているという、おなじみの事例だ。ネットに接続されたブルドーザーが製品の魅力を高め販売力の向上に結び付いていることは大いに理解できる。ただ、それは、サービスの高度化であり「革命」ではない。

 エブリセンスジャパン 代表取締役 最高技術責任者の真野浩氏は、このような既存のIoT事例を挙げながら、いみじくも力説する。「それらはイントラネット of Thingsにすぎず、Internet of Thingsには程遠い。そこに新しい価値は生まれない」と。では、「革命」と呼ぶにふさわしいIoTというのは、どのようなものなのか。

 「“モノ”が排出した膨大なデータが、企業の事業領域や業界の垣根を超えてさまざまな用途に再利用される世界」(真野氏)こそが真のIoTだという。つまり、IoTのデータが企業など一定の閉じた領域内で循環するのではなく、領域の垣根を超えて社会に広く流通しなければ、IoT時代ならではの付加価値の高い新しいビジネスは登場しないというわけだ。

●IoTデータのマッチングを提供するサービス

 そもそも論として「企業の事業領域や業界の垣根を超えてIoTデータが流通する」と言われても、「誰がどんなデータをどのように使うと、何ができるのか」という実例をこの目で見ないことには、いまひとつぴんとこない。とはいえ、現状、「イントラネット of Things」の域を出ない中、そこに実例を望むは難しいのだろう。

 と沈思していると、ふと思い出したことがある。今から20年近く前になるだろうか、IPv6に関する国際会議で村井純氏が「クルマがネットに接続されていれば、ワイパーの作動をサーバに集めることで降雨の状況をリアルタイムで詳細に知ることができる」と語っていたのを思い出した。実際にそういう実験も行われていたと記憶している。

 当時は、かなりぶっ飛んだ話として聞いていたが、これをIoTデータ流通になぞらえると、「クルマという事業領域のIoTデータを、天気予報を提供する会社が、垣根を超えて利用することでビジネスに生かす」という話になる。おそらく、このような形の異業種間のデータ流通が大規模かつ多角的に実施される状況を「領域を超えたデータ流通」と呼ぶのであろう。

 ただ、IoTデータが流通するためには、それ相応の仕組みやルールがないといけない。まず必要なのは、データを提供したい人と、データを手に入れて自社のビジネスに生かしたい人をマッチングする仕組みが必要になる。村井氏が挙げた例のように単純な構図であれば、クルマのワイパー作動情報を求めて自動車会社と相対で取引さればよいだけの話だろう。しかし、IoTが本格化して領域が多角化すれば、データの種別も増えるだろうし、欲するデータが複数の企業や業界にまたがることもあるだろう。そうなると、マッチングの場を専門的に提供するサービスが必要になる。

 そのようなマッチングの場を事業化したのが、エブリセンスジャパンだ。冒頭ではスマホが自動収集するパーソナルなデータを例に出したが、本格的なIoT時代には、個人だけではなく、企業や公的組織などもそれぞれのビジネス領域で膨大なデータを吐き出すであろう。エブリセンスジャパンは、それら膨大なデータの流通を仲介する役目を担おうともくろんでいる。

●データ流通プラットフォームはIoTデータ主導社会の核となる

 「データ主導社会」の実現を目指すこの国も、IoT時代のデータ流通の必要性を理解し、霞が関を上げて環境作りを急いでいる。経済産業省、総務省、IoT推進コンソーシアムは、共同で「データ流通プラットフォーム間の連携を実現するための基本的事項」を取りまとめている。さらに、内閣総理大臣の下に設置された「未来投資会議」が2017年6月9日に取りまとめた「未来投資戦略2017」においても、「データ利活用基盤の構築」と銘打って「事業者間のデータ流通」を促進する環境整備(法制度やガイドラインなど)の必要性に言及している。

 記事「総務省 情報通信国際戦略局に聞く、IoT時代のSDN/NFV、個人情報、デジタルビジネスの在り方」にもあるように、IoT時代の日本は、“モノ”が吐き出す「データ」をフル活用して国を富ませる青写真を描いている。データ流通プラットフォームは、その中でも要となる大切な機能を提供することになるのだろう。

 では、エブリセンスジャパンは、具体的にどのようなビジネスモデルを構築してデータ流通のプラットフォームになろうとしているのだろうか。最初に思い浮かべたのは、現在の「名簿業者」のような業態だ。名簿業者は、住所や電話番号といった個人や企業の情報を手に入れストックしておき、それを必要とする相手に販売している。名簿情報が、IoTデータに置き換わったイメージなのだろうか。

 だが、そんな筆者の考えはあっさりと否定された。「弊社でデータを購入し価格を設定して販売する、商社的なビジネスではない。証券取引所のようなものを想像してほしい」(真野氏)という。つまり、エブリセンスジャパンは「売りたい人と買いたい人のニーズをマッチングする仕組みを提供するだけで、データの取引価格は、全て市場原理に委ねる」(真野氏)そうだ。

●IoTデータをやりとりする証券取引所

 「IoTデータの証券取引所」と言われても、まだまだ雲をつかむような話で、にわかにはイメージしにくいのだが、それを理解する上でのヒントになりそうなスマホアプリがある。エブリセンスジャパンが開発した「EveryPost」だ。冒頭で説明した、「スマホが自動取得するデータを企業などに提供する」ためのアプリであり、既にリリースし実験を始めている。

 「EveryPost」は、利用者の属性に加え、加速度センサー、歩数、位置情報などのデータをアプリ利用者の同意を得た上で収集し、企業や研究機関などからの求めに応じて提供するためのシステムだ。提供者には、ポイント交換サイトでマイレージや電子マネーなどに交換できる独自のポイントが付与される。アプリをインストールして個人的なデータを提供しているだけでは、IoTデータの証券取引所の全貌をすぐに理解することはできないが、データを流通させるという振る舞いがどのようなものであるかは、何となくイメージできる。

 また、この仕組みが発展すればデータの証券取引所が成り立つであろうこともおぼろげながら感じ取れる。というのは、EveryPostのユーザーには「GW行動調査(最大2000ポイント相当)」などという形でデータ提供の依頼が非定期で通知される。ユーザーは、その依頼内容と報酬を“てんびん”にかけ、「データを提供してもよい」と判断した場合にのみ、企業などにデータが提供される仕組みだ。初歩的ではあるが、証券取引所的なデータ市場の仕組みがそこに存在する。

●IoTデータが市場にあふれ返り無価値同然になる?

 価値が市場原理で決まるデータ流通の世界を思考実験的に想像してみよう。まず、あらゆる“モノ”がデータを吐き出すようになると、データのビッグバン状態が訪れるのだろう。それは、相対的にあらゆるデータの価値の下落を招くことになるのではないか。ありきたりなデータは、市場にあふれ返り無価値同然になる。その一方で、引き合いが多く希少なデータには高値が付く。

 市場原理というのは、そういものだと思うのだが、IoTデータの流通に現在の株式や商品取引と同じような交換価値の力学が働くのかどうかは、筆者の知識では判断できない。例えば、銀嶺の頂に設置した各種気象センサーから得られるデータは希少かもしれないが、仮にそれを欲する人がいなければ価値はない。

 と同時に、デジタルデータであるから簡単にコピーできるIoTデータに、価値が付くのだろうか。複製物が増殖すれば価値も下がる。そもそも、IoTデータに財産としての権利が認められるのであろうか。経産省と特許庁がビッグデータを著作権的な見地から検討しているようだが、IoTデータの価値は、その議論の方向性にも左右される。

 それに、IoTデータというのはあくまでも業務などの副産物であり、IoTデータを生成して販売することを主たる目的に日々の業務を行う人はいない。そのような世界に市場原理の力学がどういう形で働くのか、全く予測できない。もしかしたら、“素”のデータは無価値でも人工知能により分析、解析したデータには高値がつくのかもしれないが、それは、分析、解析という付加価値に付いた値段でありデータそのものの価値とは言い難い。そもそも、データの分析、解析という行為は、特定の事業領域に特化したデータを生成するためのもので、それを市場に出しても必要とする人がいるかどうかさえ不透明だ。

 とまあ、ちょっと考えただけでも、IoTデータ流通の世界は、未知の領域だけに多くの謎を孕んでおり、実際にどうなるのか予想もつかない。ただ、政府がもくろむように、IoTが日本の成長を下支えする新しい産業領域にとして成長しなければ、日本経済の地盤沈下は避けられないであろう。エブリセンスがいうデータ取引市場が、「データ主導社会」をけん引する付加価値の高いIoTビジネスとして花開くことを期待している。

●著者紹介

山崎潤一郎

長く音楽制作業を営む傍ら、インターネットが一般に普及し始めた90年代前半から現在に至るまで、IT分野のライターとして数々の媒体に執筆を続けている。取材、自己体験、幅広い人脈などを通じて得たディープな情報を基にした記事には定評がある。著書多数。ヴィンテージ鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」「Combo Organ Model V」「Alina String Ensemble」の開発者であると同時に演奏者でもあり、楽器アプリ奏者としてテレビ出演の経験もある。音楽趣味はプログレ。

TwitterID: yamasaki9999

最終更新:6/23(金) 7:55
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