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海老蔵 涙の会見「勸玄は今朝も麻央の手を握ったりしていた」

6/23(金) 17:46配信

東スポWeb

 歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)が23日、東京・渋谷のシアターコクーンで会見し、乳がんで闘病中だった妻でフリーアナウンサーの小林麻央さんの死去を報告。家族全員が見守る中、最期に、麻央さんの口から「愛してる」の言葉をもらったことを明かし、涙を流した。

 海老蔵は同会場で上演中の主演舞台「石川五右衛門 外伝」の12時の部を終えた午後2時30分すぎ、報道陣が集まる会場に黒いスーツ姿で現れた。

「こういう形で報告することではないのかもしれませんが」と断りを入れつつ「きのうの夜、妻が旅立ちました」と神妙な面持ちで語った。

 先月末に入院先の病院を退院し、自宅で療養していた麻央さん。海老蔵は「きのうも麻耶さん、麻央のお母さんが看病していた」という。舞台の出演後、別の撮影の仕事、その後、別の稽古もあったため、「お母さんからLINEが来ていたが、見ることができなかった。1時間半ほど遅れて見たら、お医者さんから具合が悪いから家族を呼んだほうがいい」の内容を確認し、自宅に戻った。

 家に着いたときの麻央さんは「呼吸が苦しそうだった」と海老蔵。「おとといまではしゃべれたのですが、きのうはずっとしゃべれずに…。これは本当に不思議な話ですけど、息を引き取る瞬間、私は見ていました。そのときに、これは本当に不思議なんですけど、『愛してる』といって。彼女がそのひと言を言って…『愛してる』と言って、本当にそのまま旅立ちました」と奇跡が起こったという。「最後の『る』は聞こえなかったかもしれない」というが、「愛してる」という言葉に「最後の最後まで愛していてくれたことに…なんとも言えません」と涙が止まらなくなった。

 海老蔵にとって麻央さんは「できればずっと一緒にいて私の方が先に逝って、(麻央には)もっと幸せに、もっと楽しく家族やお友達、お母さんお父様、そして私が役者として成長していく過程をずっと見守っていってもらいたかった」という存在だった。自身が重い病気を患っているにもかかわらず、麻耶や麻央さんの母の心配をするなど「どこまでも自分よりも相手のことを思う気持ち。これが一番大きかった」という。

 麻央さんの心に残る表情を聞かれても「初めて会ったときの彼女からきょうの朝まで、全部。全部です」という海老蔵。2010年の1月の婚約会見の時には「来世も、再来世も一緒にいよう」とプロポーズしていたが、「そのつもりです。その話もしました。でも僕が愛想つかされないように頑張らないと」とハンカチで頬をぬぐった。

 家族そろって麻央さんの最期を見送ったという海老蔵。「本当にかけがえのない時間を過ごせたと思います」と振り返った。長女の麗禾(れいか)ちゃん(5)と長男の勸玄(かんげん)くん(4)も麻央さんのそばを離れなかったという。「勸玄はまだ、わかっているんですけど、わかっていないところもあって、今朝も麻央が横になっているところにきて、麻央の顔をさわったり、足をさすったり、手を握ったりしていた」という。その姿に「私が今後背負っていくもの、やらなくてはならないこと、子供たちに対してとても大きなものがあるなと痛感した」と語った。

 7月には勸玄くんが舞台に立つ予定で、麻央さんはそれを見に行くのを一つの目標としていたが、果たすことができなかった。

「4歳と5歳ですから、これからお母さんっていう存在が彼らにとって非常に重要な存在じゃないですか。それを失った…僕は代わりにはなれないですけど、できる限りのことをやっていくように思っています」と誓った。

 病気が発覚してからブログをはじめた麻央さん。「麻央のことを応援してくれた方、麻央とともに闘っている方、先に旅立ちましたけど、麻央はずっと皆さんのそばにいると思うので…本当にいろいろありがとうございました」と頭を下げた。

 なお、通夜・告別式などの日程は未定。

最終更新:6/23(金) 18:08
東スポWeb