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名瀬大火、恩人と対面 60年探す 奄美市名瀬出身の姉妹

6/23(金) 11:59配信

南海日日新聞

 「62年前の名瀬大火のときに助けてくれた人に会いたい」。鹿児島県奄美市名瀬出身の声楽家・森シュタービンガー智子さん(イタリア在住)と、姉の孝久子さん(鹿児島市在住)は20日、長年、探し続けていた恩人の山田薫さん(86)=名瀬在住=と対面した。姉妹は「直接会ってお礼が言えるとは思っていなかった」とうれし涙を浮かべた。
 1955(昭和30)年12月3日に名瀬市街地で起きた大火は約1300戸が焼失し、多くの人が焼け出された。当時、孝さんは11歳、森さんは生後9カ月で名瀬幸町の住家は全焼した。母のスエさん(故人)は、「山田さんがいち早く現場に駆け付けて消火や家財の運び出しを助けてくれた」と家族に繰り返し伝えていた。
 手掛かりは名字だけ。森さんの知人の情報で当時、名瀬小学校の教諭で森さんの兄、孝さんの弟の輝八郎さん(故人)の担任をしていた山田さんだと分かった。
 山田さんは「火元は森くん(輝八郎さん)の家の近くだったので飛んでいった。避難所の名瀬小学校まで火の粉が飛んで来て、燃え広がらないように一人で必死に消した」と惨事を振り返り、「60年以上前のことを思い出した。2人と会えたことは教師冥利(みょうり)に尽きる」と話した。
 森さんは「母が繰り返し教えてくれたので火事の様子や山田さんが消火に協力してくれた姿は、まるで見てきたかのように浮かぶ。大惨事の中で助けてくれた恩人に直接お礼が言えたことを母らに報告したい」と思いを込めて話した。

南海日日新聞社

最終更新:6/23(金) 12:48
南海日日新聞