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「難民問題知って」 MIYAVI、3度のキャンプ訪問で子どもと交流

6/23(金) 16:06配信

カナロコ by 神奈川新聞

 「世界難民の日」の20日、東京・青山にある国連大学で行われたシンポジウムに、ギタリストのMIYAVI(35)の姿があった。約6560万人以上いるといわれる難民の実情や国内で始まったシリア人留学生の受け入れ、また民間の取り組みなどについての発表を、日本人初の国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子(89)の傍らに腰掛け、最前列で熱心にメモを取りながら耳を傾けていた。

 MIYAVIが難民問題に興味を持ったのは、出演した映画「アンブロークン」(2016年日本公開)を監督した女優のアンジェリーナ・ジョリー(42)=以下アンジー=から、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の特使としての活動を聞いたことがきっかけだった。

 不安を抱えながらも実情を知ろうと、15年5月と、16年8月にレバノンに出向き、シリアからの難民と出会った。ことし2月にはタイに足を運びミャンマーからの難民と交流。シンポジウムでは、感じた思いを、撮影した写真をスライドで見せながら約300人を前に紹介した。キャンプ内にたった一つ、野外に設置された扉もないトイレは、「冬はブリザード(吹雪)も吹く」。過酷な現実に言葉をなくした。

 「行く前は怖かった。アンジーほど有名じゃないし。僕が行って何ができるだろうと不安だった。でも行ったら、そもそもテレビもなくて、有名、無名は関係なかった」と15年の初訪問を振り返る。

 「“難民”という言葉の重さ。解決しなくてはいけない」と、その荷を背負い込もうとしていた。しかし現地で暮らす人々と向き合った時、世界各地で響かせてきたギターとの旅で得た「音楽は人種も、肌の色も全部、飛び越えられる」という経験が、MIYAVIを鼓舞した。

 担いだギターを即興で鳴らすと、子どもたちの目が輝いた。娯楽が少ないキャンプ内。みんなで声を出し、踊り、音楽で一つになることができた。

 「ミャンマーでは、脳性まひで自由に動くことができない子が、演奏後に拍手をしてくれた。音楽には奇跡を起こす力がある。音を生み出すことができる僕にできることがあると感じられた。まずは、僕のように難民の現状を知らない人に、知らせよう。自分に興味がある人が、少しでも難民に目を向けてくれたら」と発信者としてできることを模索した。

 自分と違う他者とともに生きることを歌った「The Others」のミュージックビデオを、2度目のレバノン訪問で撮影することを思いつき、映像をUNHCR版として公開している。

 「現地に行くことができないから無力と思わず、知ることが第一歩。僕も2年前までは知らない側だったのだから」と呼び掛ける。

 1度目のレバノン訪問では、渡したギターを弾く順番を巡り、子どもが殴り合いの争いを始めた。6歳と7歳の女の子の父親でもあるMIYAVIは「小さな体の中に戦う精神が、DNAの中にあるのか…」と感じ胸を痛めた。ささいな事が火だねを生む現状を目にし、「譲り合うことの大切さ。相手を尊重することの尊さを知らせなければ、争いはやまない。子どもたちに必要なのは、教育だ」と思い至った。

 1度行って終わりではなく、「その変化。スピードを感じたい」と同じ場所を再訪するとを決めている。
 約1年3カ月ぶりのミャンマー訪問では、MIYAVIと出会ったことで、「ロックスターになりたい」という夢を持った10歳くらいの男の子と再会した。

 「1回目はほとんど話せなかったけれどずっと後をくっついてきた子で、独学で英語を勉強して待っていてくれた。2度目は片言だったけど、話すことができた。苦しい環境下で、夢を持ってくれたことがうれしい。夢が彼の生きる支えになっている」とたくましく感じた。

 ギター演奏やミュージックビデオの撮影のほか、得意なサッカーで遊ぼうと、ボールも持っていった。帰りがけ、「奪い合いになるから、大人にボールを渡してほしい」と言われていたが、男の子がMIYAVIに「僕がこのボールをみんなとシェアする」と真っすぐな目を向けた。1年でものすごい成長を遂げていることに感動した。「君ならできるよ。君を信じる」。ボールを渡すと男の子は、はにかんで笑ったという。

 「レバノンは出血直後。タイは止血してかさぶたになったけれど、これをどうやってきれいにはがすのか」と、国による違い、温度差を感じている。

 「自治体の中で選挙も行われていたり、コミュニティーが確立されている場所もある。キャンプで生まれて、その世界しか知らない子も多い。仕事がない、言葉ができないからと、『出たくない』という人もいるし、『子どもだけなら出られるけれど、祖父母を置いて出られない』と問題を抱えている人もいる。ねじれをどう解決するか」。日々増加する難民の問題を解決することは容易ではない。

 日本では150人のシリア留学生の受け入れが始まった。お金の面では多くの支援を続けているが、多言語を使いこなせる人が少ない日本では、難民を受け入れる難しさがあると指摘する。

 「難民が来たら、実際びびると思う。日本は競争社会じゃないから、本当の意味で戦うことを知らない。でも世界で起きていることは、僕らがいまいる日本と地続きのこと。人ごとではなくて、日本の国としてどう責任を持っていくか。どんな社会にしたいのか。政府や僕らが一つの鎖になって、できることをすることが大切」と話した。

 数年前から、妻と2人の娘と米ロサンゼルスに生活の拠点を持つようになり、自身も“移民”として受け入れられていることを、日々感じている。

 「多様さを受け入れる強さを持ってほしい」

 ピックを使わない、スラップ奏法と呼ばれる演奏を武器に、自らの道を切り開いてきた“サムライ”ギタリストは、「世界難民の日がなくなることが、僕らの活動のゴール。難民の人たちとコラボレーションした曲を作ったり、共鳴するアーティストと音楽を生み出したりしていきたい。僕が世界と対峙(たいじ)していく上で、難民問題と向き合うことは、大きなモチベーションになっている」と力を込めた。