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『「東京DEEP案内」が選ぶ 首都圏住みたくない街』だけど、行ってみたくなる街

6/23(金) 10:01配信

HONZ

「絶対に○○してはいけない」というニュアンスの言い方には、言外に反対の意味が含まれることも多い。「絶対に笑ってはいけない」「絶対に電車の中で読んではいけない」といった枕詞の後には、大抵笑いが待ち受けているものだ。いわゆるフリという奴である。

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しかし本書の「住みたくない」は、どうも本気と書いてマジと読ませるタイプのようである。吉祥寺、自由が丘、下北沢は「甘すぎて無理ゾーン」。豊洲、武蔵小杉、新浦安は「似非セレブすぎて無理ゾーン」。二子玉川、清澄白河は「意識高すぎて無理ゾーン」というから、もはや本書の著者は一体どこに住んでいるのだろうかと問い質したくもなる。

著者は、触れられたくない街の「不都合な部分」にあえて首を突っ込んでいくことで定評のある「東京DEEP案内」というサイトの管理人。元々は大阪を中心に西成や生野区といったDEEPなスポットばかりを紹介する「大阪DEEP案内」を運営しており、2008年から東京へ進出したというから、この領域にかけては筋金入りのスペシャリストだ。

本書は、その「東京DEEP案内」の9年に及ぶ活動の中で、これまでに訪れたいわくつきな現場の数々へのレポートを「住みたくない街」というコンセプトに基いて纏めあげた、首都圏ダークサイドの決定版である。

だから当然、東京に住むこと自体が無理なのではないかと思えるほどの斜め上からのツッコミだけで終わるわけもなく、紛争地帯すぎて無理ゾーン(池袋、小岩、町田、川崎、鶴見、西川口、松戸)、貧乏臭すぎて無理ゾーン(竹ノ塚、金町、蕨)、通勤難すぎて無理ゾーン(葛西)、陰気臭すぎて無理ゾーン(戸田、八潮)と東京近郊のDEEPさの核心へと迫っていく。

自分がかつて何も知らずに住んでいたエリアの記述をうっかり見つけてしまったた時こそ涙目になるものの、星の数ほど存在するダークサイドのほんの一部にすぎないということが本書全体を通して伝わってくるため、それ以外のエリアについては何事もなかったかのように別人格として眺めることができる。

いわゆるキワドいテーマをキワドく扱っている割に後味の悪さを感じないのは、首都圏における東西南北のあらゆる方面を平等に蔑んでいるためなのか、はたまたこちらの感覚が麻痺しているだけなのか。いずれにしても、自分の足で徹頭徹尾というスタンスは意外に重要なポイントで、これがあるからこそ芸風として確立された印象を受けるのだ。

街別に見ていくと、やはり都県境の辺縁部には共通する何かがあるように感じる。北千住、竹ノ塚、小岩、町田、西川口、八潮…。これらの街の犯罪多発地帯、不法占拠スラム、ドヤ街、バラック地帯、カルト宗教施設、不法移民・不良外国人居住区などが、つまびらかにレポートされている様は必見だ。

街の指標を測る術として、企業のマーケティング活動の中から見抜いていくという技も中々秀逸である。フードコートにポッポがあるかどうか、激安飲料自販機が多いかどうか、「カードでお金」「車でお金」といった野良看板があるかどうか等々。

それだけでは終わらない。「東京場末タウン散歩」というコーナーでは、江東区の東雲と辰巳という運河を挟んだシンメトリーの構図を描き出し、「首都圏バラック建築鑑賞会」のコーナーで紹介される神田の今川小路、中央区勝どきの狭小長屋群からは、もはや永遠に保存すべき天然記念物のような雰囲気が醸し出されている。

もちろん「首都圏ドヤ街探訪」では鉄板の山谷から、誰もが一度は通って気になっていたであろう新宿南口の簡易宿泊所が立ち並ぶ一帯まで。そして極めつけは番外編としての朝鮮大学校の学園祭レポート等、相手が誰であろうと筆が止まる気配は一向に感じられない。

冷静に考えれば、住む街を決めるというのは、人生でそう多くはないお祭りごとである。そんな非日常モードのまま、日常の住む場所を決めなければならないわけだから、選択ミスを犯すのも無理はないのかもしれない。

どんな街にも光と影がある。住むには適さないかもしれないが、それぞれの街に怪しさゆえの魅力が溢れていることもまた事実。だから住みたくない街としての暗部が、そのまま東京の裏・観光案内にも思えてくるのだ。やはりタイトル「住みたくない街」のフリは、よく効いている。

内藤 順

最終更新:6/23(金) 17:21
HONZ