ここから本文です

社説[きょう慰霊の日]聴くことから始めよう

6/23(金) 7:45配信

沖縄タイムス

 それぞれの場から「沖縄戦」を発信し続けた偉大な先輩たちが、ことし相次いで泉下の人となった。

 戦争の惨禍や平和への思いをうちなーぐちによる一人芝居で表現した女優の北島角子さん。土着の視点で、戦争のおぞましさや民衆のたくましさを描いた版画家の儀間比呂志さん。沖縄戦で級友を失った体験を原点に、平和行政と基地問題解決に心血を注いだ元知事の大田昌秀さん。

 戦前・戦中・戦後と激動の沖縄現代史を生き抜いた人たちが一人また一人と旅立っていく。時代の変わり目だけに喪失感は深い。

 沖縄戦は記憶の継承という点から大きな曲がり角に差し掛かっている。

 現実に子どもたちが戦争を学ぶ機会も減りつつある。 

 戦争の被害や生き残った人たちの証言などを伝える県平和祈念資料館。県内小中高校の利用は、2000年度の368校から16年度は224校に減った。

 ひめゆり学徒の体験を伝えるひめゆり平和祈念資料館も県内小中高校の来館数が、16年度は72校とピーク時の半分まで落ち込んでいる。

 ここ数年、学校現場では学力向上の取り組みが優先され、校外学習行事を減らす傾向にあるのだという。

 この世代は、親だけでなく祖父母もほとんどが戦争を知らない。身近に体験を語る人がなく、学校も平和学習に時間が割けないとしたら、沖縄戦体験は風化し、平和への意識は希薄化する。

■ ■

 鉄血勤皇隊として戦場をさまよった大田さんは、「おもろさうし」研究の第一人者・故外間守善さんとともに、終戦から8年後の1953年「沖縄健児隊」を世に問うた。

 外間さんは同著の序文で「彼等は永遠に黙している。しかし彼等は永遠に語っているのだ。その声を取りつぐのが私たち生かされたもののただ一つの義務」と記す。 

 大田さんの訃報に接してあらためて感じたのは、10代の多感な年頃に戦場に動員された「学徒隊」の人々の語り部としての存在の大きさである。

 戦前、沖縄には師範学校や中等学校が21校あり、全ての学校の生徒が戦場に駆り出され、多くの命を失った。大田さんらは犠牲となった級友に代わって沖縄戦の実相を伝えてきたのだ。

 しかしその語り部たちも一人、二人と鬼籍に入り、沖縄戦継承は非体験者のバトンリレーという新たな段階を迎えつつある。

■ ■

 アーティスト・山城知佳子さんの「あなたの声は私の喉を通った」は、戦争を体験した高齢者の語りを、自身の姿に重ね、再現した映像作品である。証言の持つ重みを引き受け、他者の感覚に近づこうとする試みだ。

 ひめゆり資料館が進める戦後世代による語りも、継承の課題に真正面から取り組む。海外の平和博物館を訪ねるなど在り方の模索も続く。

 きょうは「慰霊の日」。

 戦争を学ぶ努力を放棄すれば風化は加速する。体験者から話を聴くことができる最後の世代として、歴史を伝達する重みを胸に刻みたい。

最終更新:6/23(金) 7:45
沖縄タイムス