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女性も丸坊主で修業に 賛否両論を巻き起こす秋山木工の「丁稚制度」

6/24(土) 11:00配信

AbemaTIMES

 秋山は昭和18年に奈良県明日香村に生まれた。一家は貧しく、食べるものは麦飯とたくあんとしかなかった。学校に行っても教科書やノートがなく、成績は“オール1“で最下位という体たらく。だが手先だけは器用で、家の修繕などの大工仕事は秋山が担当、近所の家の修繕も行っていたという。転機が訪れたのは中学校卒業の日だった。先生から、大阪の注文家具屋への就職を勧められたのだった。

 手先の器用さに自信があった秋山は、親方に「作らせてくれ」と直談判する。だが、何も作れなかった。親方の前でボロボロと泣き、プライドを捨てた。兄弟子に教えてもらう日々。努力が実を結び、丁稚になって7年目、22歳で現在の貨幣価値に換算すると100万円の月収を得るまでになっていた。

 秋山の仕事を見ていた丁稚たちが目を輝かせる瞬間があった。それが秋山のかけた「かんな」の木くずだ。職人の技は見て盗むもの。丁稚たちにとって、秋山の削ったクズは宝物なのだ。丁稚の一人は「木くずがサーッて出る時の音が全然違う。ツヤもぜんぜん違う。それを見てすごいと思った」と語る。

 こうして厳しい修行を約5年間経て、初めて職人として仕事を任せられるようになる。秋山木工では8年経つと強制退職させられるのだ。「職人の伸び盛りは25~28歳の頃。8年経過するとちょうどその伸び盛りの時期。その時期に自分の下にいるのはよくない」と語る。

 丁稚制度によって一流職人を輩出する秋山。一流職人を育てるということは人を育てるということに他ならない。それを理解しているからこそ、命がけで丁稚の面倒を見るのだ。世間に知られ、賛否両論が寄せられた秋山木工の丁稚制度。だが、彼らの腕が一流であることに秋山は自信を持っている。

 「僕が『こういうふうになって欲しい』というレベルには必ずたどりつく。僕を超える職人を10人以上作ってみせる」。

 そのために秋山は持てる全てを次世代に継承していく。(AbemaTV/『創業バカ一代』より)

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最終更新:6/24(土) 11:00
AbemaTIMES