ここから本文です

虎と竜のジャケットが物語る「OKINAWA愛」と後悔 元米兵の形見、56年ぶり“帰郷”

6/24(土) 5:00配信

沖縄タイムス

 【ジョン・ミッチェル特約通信員】元米海兵隊員の故ジェリー・モーラーさん(享年73)がコザ市(現沖縄市)で買って愛用していたジャケットが、56年ぶりに帰郷した。モーラーさんは沖縄駐留時に枯れ葉剤に接触したとし、その後体調不良に悩まされ、2013年に死去。亡くなる直前まで沖縄を気に掛けていたといい、友人は「彼もとても喜んでいると思う」と語った。

この記事の他の写真・図を見る

 遺族らが本紙を通じて沖縄市戦後文化資料展示室「ヒストリート」に寄贈した。

 米オレゴン州出身のモーラーさんは復帰前の1960年から61年にかけて沖縄に駐留。帰国後も、沖縄への愛着と敬意を周囲に語っていた。

 思い出の品だったジャケットは黒と白のリバーシブル。竜と虎、「Okinawa」の文字が刺しゅうされている。

 友人のキャロル・キングさんは「彼が2003年にジャケットを羽織ってみせたことがあった。長い年月がたっているのに、ぴったりだった」と振り返る。

 キングさんもモーラーさんも、13年に沖縄市のサッカー場で猛毒のダイオキシン汚染が発覚したニュースに関心を寄せていた。「ジャケットが帰郷し、汚染現場の近くで展示されることは意義深い」と語った。

 ジャケットやモーラーさんの写真を受け取った沖縄市総務課市史編集担当の松川聖子さん(35)は「沖縄で過ごした思い出の品をずっと持ち続けていたことがすごくうれしい」と寄贈に感謝する。

 1960年代は刺しゅう業界の最盛期だったといい、ジャケットは「当時を語る貴重な資料」と指摘。ジャケットには「お帰りなさいと言いたい。歴史の証言の一つでもあり、モーラーさんの遺志を大切に保管していく」と話す。

 ジャケットは、6月10日から「ヒストリート」で開催している企画展「基地のある街-コザと刺繍(ししゅう)店」でモーラーさんの手紙の一部とともに展示されている。

 モーラーさんは沖縄滞在中に米軍キャンプ・コートニー(うるま市)近くで枯れ葉剤に接触。2013年に死去する直前まで、沖縄での枯れ葉剤貯蔵と使用を認めるよう米政府に求め続けた。退役軍人省は、モーラーさんの体調不調は枯れ葉剤が原因だとは認めなかった。

1/2ページ

最終更新:7/7(金) 16:50
沖縄タイムス