ここから本文です

麻央さん愛の奇跡・哀のメモリー 本紙だけが知る感動秘話

6/25(日) 12:09配信

東スポWeb

 早すぎる死だったが、それでも“愛の奇跡”があった!! 歌舞伎俳優・市川海老蔵(39)の妻でフリーアナウンサーの小林麻央さん(享年34)が22日夜、東京都内の自宅で乳がんのため亡くなっていたことが23日に分かり、同日午後に海老蔵が涙の会見を開いた。「最期に愛してると言ってくれた」と涙ながらに語り、自宅で家族全員で見送ったことを明かした。幼い2人の子を残しての無念の旅立ちではあったが、麻央さんを支え続けた、本紙だけが知る家族や周囲の人々の愛と感動の秘話を公開する――。

 海老蔵は東京・渋谷のシアターコクーンで上演中の主演舞台「石川五右衛門 外伝」の昼の部を終えた午後2時半すぎ、大勢の報道陣が集まる会場に喪服姿で現れた。

「こういう形で報告することではないのかもしれませんが、昨日の夜、妻が旅立ちました」と神妙な面持ちで語った。

 先月末に入院先の病院を退院し、自宅で療養していた麻央さん。海老蔵は「昨日も麻耶、麻央のお母さんが看病していた」。舞台出演後、別の撮影の仕事、別の稽古をしていたため「お母さんからLINEが来ていたが、見ることができなかった。1時間半ほど遅れて見たら『お医者さんが具合が悪いから家族を呼んだ方がいい』と…」。

 急いで自宅に戻ると麻央さんは「呼吸が苦しそうだった」という。「一昨日まではしゃべれたのですが、昨日はずっとしゃべれずに…。これは本当に不思議な話ですけど、息を引き取る瞬間、私は見ていました。その時に、これは本当に不思議なんですけど『愛してる』と言って、彼女が。本当にそのまま旅立ちました」

 海老蔵は「最後の最後まで愛していてくれたことに…なんとも言えません」と流れる涙を両手で何度も拭った。

 病床の麻央さんは昨年9月に始めたブログ「KOKORO.」で治療経過を細かく伝え、多くのがん患者に勇気を与えた。重病と闘いながら、必死に看病する姉・麻耶や母を気遣うだけでなく、乳がん患者たちのため亡くなる直前までブログを書きつづった。そんな麻央さんを「本当にすごい人です」とかみ締めるように話した海老蔵は、誇らしげでもあった。

 闘病を支え続けた麻耶と麻央さんは“一卵性姉妹”と呼ばれるほど仲が良かった。もともと麻央さんは、麻耶を追いかけてアナウンサーの道を選んだ。麻央さんは上智大学在学中に日本テレビ系恋愛トーク番組「恋のから騒ぎ」で初めてテレビ出演したが、これも前年にレギュラーとして人気者となった麻耶の働きかけがあったからだ。

 大学時代を知る人物は「派手なキャラの麻耶と違って、麻央さんは清楚で男性経験もないキャラでテレビに出たが、これは作ったものではなく本当の姿。大学のキャンパスでは化粧もしないで地味な格好でよくいましたよ」と明かす。

 病魔に襲われた後も、麻耶は麻央さんのために尽くした。

「闘病生活で麻央さんが子供の送り迎えができなくなったら、麻耶さんが母親代わりに送り迎えしていた。病気が発覚する前は『海老蔵さんと結婚したのは麻耶さんだったかしら?』と勘違いするママ友もいたそうです」(テレビ局関係者)

 麻耶のサポートを受け、麻央さんが懸命に闘病する姿は周囲にも響いた。昨年10月10日、子供2人が通う幼稚園で運動会が行われたが、「麻央さんは頑張る子供たちの姿をそばで見ようと一生懸命体調を整えて、何とか外出できるぐらいに回復した」(梨園関係者)。

 ママ友や幼稚園関係者も全力で協力。「海老蔵さんや麻耶さんたちと何度も打ち合わせ、麻央さんがスムーズに観覧できるように準備を整えた」(同)

 おかげで麻央さんは子供たちの活躍を笑顔で見守ることができた。「その日の麻央さんは本当に笑顔が多くて、ママ友たちも病気であることを忘れるぐらい。そこにいたみんなの心の中で本当にいい思い出になった、と聞きました」(同)

 この時のことを麻央さんはブログに「闘病してから初めて、決めた目標でした」と記した。さらに「娘も息子も、思いっきり楽しんで参加していて、本当に嬉しかった」「幼稚園のママとの再会には涙があふれてしまいました」と、心から楽しんだ思いを明かした。

 麻央さんが最期の時まで頑張れたのも、麻耶をはじめとした周囲の懸命なサポートのおかげだったのは間違いない。

 会見で海老蔵は「麻央のことを応援してくれた方、麻央とともに闘っている方、先に旅立ちましたけど、麻央はずっと皆さんのそばにいると思うので…本当にいろいろありがとうございました」と頭を下げた。その姿を麻央さんも天国から誇らしく見ていたはずだ。

最終更新:6/25(日) 12:22
東スポWeb