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田中将大、2度の不祥事に怒り耐え…高校時代を元番記者が振り返る

6/26(月) 11:32配信

スポーツ報知

 MLBで躍動する日本人メジャーリーガーにも、甲子園を目指していた10代の頃があった。ヤンキース・田中将大(駒大苫小牧)の高校時代を追いかけた当時の担当記者が、忘れられないワンシーンを回想した。

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 駒大苫小牧・田中将大が早実・斎藤佑樹と投げ合い、引き分け再試合の死闘を演じた06年夏の甲子園決勝。3連覇を逃した田中は「今日だけ甲子園はアウェーでした」と言い残し、準Vの聖地を去った。あれから11年がたつ。

 高校時代からの負けじ魂とプライド。57年ぶり連覇のかかった05年夏の決勝・京都外大西戦では、5回途中から救援し、最終回は3者連続三振。最後の打者を三振に仕留めた球は150キロをマークし、重圧を気迫ではねのけた。その年の秋には新チームの主将になり、神宮大会で圧勝。「連覇の時より上」と言われたチームは2度にわたる不祥事で、センバツ出場辞退と監督辞任という悲劇に襲われる。だが、田中はやり場のない怒りに耐えた。

 当時、香田誉士史監督は練習試合の相手となった監督、選手に「ウチの練習をよく見てほしい」と話していた。「投げて、捕って、打って、走る」。7分間の試合前練習は、この4つの基本動作の絡みがスピーディーに展開され、それは美しかった。常識を覆した真冬の雪上でのグラウンドノックは、動体視力の向上と風邪をひかない強靱(きょうじん)な体づくりをもたらした。球が常にイレギュラーする中での投内連係だけに、鍛えられた。

 田中も膝まで入る長靴を履き、白い息を吐きながら球を追った。楽天入団時、野村克也監督が「投球以前にフィールディングがいい」と語っていたのが忘れられない。北国の誇りを持って練習に取り組んだ。それが田中の強さの秘密だった。

 今季は5勝7敗と苦しむ。今度は後輩が助ける番だ。駒苫は今春の北海道大会で優勝。夏の南北海道大会では本命に推されている。2007年の夏以来、遠ざかる甲子園。優勝して人さし指を天に突き上げる、元祖「NO1ポーズ」でマー君を勇気づけてほしい。(03~08年駒苫担当・中尾 肇)

最終更新:7/13(木) 17:39
スポーツ報知