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東京五輪の「レガシー」どうなる…ロンドン会場の今を通信員がリポート

6/27(火) 12:03配信

スポーツ報知

 五輪パラリンピック開催後の会場利用は20年東京大会にとっても重要な課題の一つだ。国際オリンピック委員会は五輪のレガシー(遺産)を残すことを憲章に定め、開催地に推進している。東京でも後世に受け継がれる“物理的なレガシー”として新設する新国立競技場など一部施設の建設が始まった。12年ロンドン、16年リオデジャネイロの会場利用はどうなっているのか。大会を取材した現地在住の通信員が、熱狂に沸いた五輪会場の今を見た。

 12年ロンドン五輪は跡地利用が成功し「レガシー」として息づいている。五輪・パラリンピックが終了してから3億ポンド(約425億円)の費用をかけて改修を進め、13年7月に「クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク」として再オープン。市内東部イーストエンドに整備された約226万平方メートルの敷地には、5つの競技施設が残り、活用されている。

 05年の五輪招致時からイーストエンド地区の再開発は目玉の一つだった。もともと工場労働者の街だったが、製造業の衰退や経済不況などにより貧困街となっていた。生まれも育ちもイーストエンドというアラン・スミスさんは「昔は水はけの悪い湿地帯で、しかも五輪が開催される前はごみ捨て場でもあり、人が近づけるような環境ではなかった」と振り返る。招致成功で整備が進められ、市内中心部からの鉄道や大型ショッピングモールなども併設。五輪公園にはサイクリングやジョギングができる専用道路も整備された。

 また、五輪スタジアムは15年にラグビーW杯の競技場としても使われ、16―17年シーズンからサッカーのプレミアリーグ・ウエストハムが移転。今夏には世界陸上が開催される予定だ。隣接していた選手村もマンションとして再活用され、約3000戸のうち95%が購入、または賃貸アパートとして利用。それだけでは足りないため、空き地には新たにマンションが建設されるなど開発は続いている。

 計画段階から“五輪シティー”の建設を意識した新たな街づくりが、レガシーを生み出す要因となった。これらは東京五輪にも大きなヒントになるはずだ。(ロンドン五輪通信員・森 昌利)

最終更新:6/27(火) 12:19
スポーツ報知