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伸三少年が見た「名瀬」語る 奄美市で「島尾の世界」講座

6/26(月) 11:28配信

南海日日新聞

 作家、島尾敏雄の生誕100年を記念し、さまざまな検証活動が行われている中、鹿児島県奄美市の生涯学習講座「島尾敏雄の世界を学ぶ」が24日、同市の名瀬公民館(紬会館7階)であった。ゲストは島尾氏の長男で写真家、作家の島尾伸三さん(68)。伸三少年が見た昭和30年代の名瀬のまちの様子、父母(敏雄氏、ミホ夫人)とのエピソードを語り、当時の世相を浮かび上がらせた。
 伸三さんは小学校1年のとき、奄美小学校に転校し、名瀬中学校を卒業するまで名瀬で暮らした。伸三さんの世代は奄美のベビーブームの始まり。奄美小学校の児童は3千人を超えた。40人教室を仕切って2クラス分の人数を押し込めたという。
 転校生の伸三さんは「言葉が通じらん」ため、早くシマに溶け込もうと一生懸命、島口を覚えた。当時の島口で学校のこと、名瀬大火のことを語ると、出席者は懐かしそうにうなずいた。
 浜おれや年中行事などは敏雄氏が撮影した写真を見せながら解説した。「小学校4年のとき、先生があっただんま(突然)『(浜おれの日は)学校は休みではない』と言った。去年まで休みだった。きょらぎん(きれいなきもの)を用意して楽しみにしていた女子が泣き出した」。話は銭湯やバスの運行開始にも及んだ。
 敏雄氏との思い出にも言及した。伸三さんは子どもの頃、敏雄氏の書籍をりんご箱に入れて整理していた。後年、敏雄氏は本土にいる伸三さんに電話をして、「あの本はどこにあるかな」と聞くことがあった。
 さらに、奄美の文化の大本になる島口の貴重さにも触れた。「島口は日本語のルーツと言われてるが、日本語だけではないかも。アジアにも似たような言葉がある」と紹介した。

南海日日新聞

最終更新:6/26(月) 11:28
南海日日新聞