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早実・清宮の“保護者”から主役の座へ 早大・加藤のバットマンとしての魅力

6/27(火) 16:03配信

スポーツ報知

 5月28日。日曜日午後の那覇空港。沖縄招待高校野球大会の1試合目で高校通算96本目の本塁打を放った早実(西東京)・清宮幸太郎(3年)は、2試合目を雨で流し、足早に帰京の途についていた。

 「あ、加藤さんだ。加藤さんだ」。沖縄名物ブルーシールのアイスを手に搭乗口に現れた清宮の目は、テレビ画面にクギ付けになった。ナインと一緒に見つめる画面の先に映るのは、東京六大学野球・春季リーグ戦の早慶戦。打席には早大の4番を打つ背番号31の姿があった。

 左打席に立つ男の名前は加藤雅樹。2年生ながら今春リーグ戦では早大の4番に座り、4月8日の法大戦で大学初本塁打。東大戦ではプロ注目左腕の宮台康平から2試合連続で本塁打を放つなど、計4本塁打。ホームラン数こそリーグ2位タイに終わったものの、打率は3割7分5厘で初の首位打者を獲得。外野手としてもベストナインに輝いた学生球界の新鋭だ。高校時代は通算47本塁打。清宮とは2年先輩として2015年夏に西東京大会を制して甲子園出場。当時1年生の清宮を3番に従え、4番で捕手。東海大甲府戦では清宮とアベックホーマーを記録した。

 15年夏の甲子園は私も清宮に張り付き、早実の全試合はもちろん、すべての練習にカメラマンとして帯同した。ただ、1年生として華々しい甲子園デビューを飾った清宮の記憶とは裏腹に、加藤については気の毒な思い出しか残っていない。当時、練習後の報道陣の囲み取材で、決まって呼び出されるのは和泉実監督と清宮、そして主将だった加藤の3人。長打の打てる捕手としてその年のドラフト候補にも名前の挙がっていた加藤だが、質問のほとんどは主将として見た清宮についての話ばかり。テレビ用の囲み取材を終えた後には、3人がそれぞれに離れた場所に立ち、質問ある記者がそれぞれの元へ話をしにいくのだが、加藤のところに来る記者の数は日に日に減少していった。

 甲子園4強で最後の夏を終えた一夜明け取材の場では、手持ちぶさたに立ち尽くす185センチの高校生の姿があった。ドラフト候補としてスタートした加藤の高校ラストイヤーは、清宮の「保護者役」のまま幕を閉じてしまった。

 あれから2年。早大1年春から代打としてベンチ入りした加藤は、左手をキャッチャーミットから外野手用グラブに持ち替え、バットマンとして勝負。高校時代と変わらぬ甘いマスクと長打力で、今春ようやく「早大・加藤雅樹」としての存在を世に知らしめた。19年にはドラフト上位指名の候補として名前が挙がってくることは間違いない。引き立て役から主役の座へ。端正なお顔のスター候補生に今後も注目してほしい。(記者コラム 写真部・泉 貫太)

最終更新:6/27(火) 17:41
スポーツ報知