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《ブラジル》ウバツーバ市議会 日本移民の日を本日採決 「平和の重要さ思いおこす」 アンシェッタ島投獄者を顕彰

6/27(火) 7:39配信

ニッケイ新聞

(ブラジル邦字紙「ニッケイ新聞」27日付)



 サンパウロ州北東海岸部ウバツーバ市にある、凶悪犯や政治犯が収容された監獄島「アンシェッタ島」――。ここには、終戦直後の3年間、DOPSに逮捕された臣道連盟幹部や、ご真影の踏み絵を拒否しただけの日本移民を大半とする172人が収容された。坂本メリッサさんらの働きかけにより、9月23日を「日本移民の日」に制定しようとの動きが同市議会で進展し、本日午後8時から採決される予定。



 「迫害を受けた日本移民史の真実を子孫へ」――戦後、日系社会を二分化した勝ち負け抗争。1946年から3年間に同島に収監された172人のうち、殺害事件に関与した実行犯はおよそ10人。それ以外は単なる臣道連盟幹部で、後に無罪放免になった。

 アンシェッタ島の郷土史家、サミュエル・メシアス・オリベイラ元軍警少尉は「日本人の囚人は何の問題も起こさないどころか、むしろ作物栽培や清掃なども積極的に行ない模範囚だった」と指摘。看守も信用して、天長節などの記念日にはある程度の自由を許すようになっていたという。

 日本移民が出所した後の53年に大暴動が起きて118人が死ぬ大惨劇に発展し、ブラジル近代史上最悪の刑務所暴動として国際的に問題視され、55年に完全封鎖された。

 囚人家族など当時の島内生活者やその子孫を集め、オリベイラさんは「フィーリョス・ダ・イーリャ(島の子)」を組織し、島の記憶を保存する活動をする。その一環で、1926年に島へ入植し、毒性マンジョッカを食べて悲劇の死を遂げたブルガリア移民ら151人を顕彰した記念日が昨年制定された。


 4月の同顕彰式典に偶然参加した坂本さんは、「日本移民もここにいた。同じように記念日があっていいはず」と思いつき、市議会に働きかけを始めた。

 同島を舞台にした勝ち負け抗争ドキュメンタリー映画『闇の一日』(12年)を製作した縁から、奥原マリオ純監督は坂本さんに協力してきた。9月23日頃が日本の祝日「秋分の日」で「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ日」であることから奥原さんはこの日を推薦した。


 さらに「島の歴史は日本移民史から抹消され、われわれ子孫は真実を知らないで育ってきた。先達の想いに誇りを持って欲しい」と奥原さんは期待を寄せ、「今も昔も愛国者であること自体は犯罪ではない。異なる文化と共存する術を共に考えることが大切。欧米中東でテロが途切れない今だからこそ、平和の重要さを思い返すいい機会になる」と意義を語った。

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 アンシェッタ島の刑務所施設は、奇しくも第1回日本移民と同じ1908年に建設されたという。初期には放浪者や賭博人などを収容し、矯正施設としての役割を担っていたが、1930年代、ヴァルガス独裁体制の下では、もっぱら凶悪犯や政治犯が収監されるようになったとか。終戦直後にそんなところへ日本移民が入れられたのは、「敗戦国の戦争犯罪人」的な扱いだったからか。3年で出されたとは言え、「監獄島に送られた」という〃肩書き〃は一生まとわり付いたに違いない。最終的に無罪になったのなら、しかるべき名誉挽回、顕彰がされるべきだろう。

最終更新:6/27(火) 7:39
ニッケイ新聞