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大槻ケンヂ 「男子30代の迷走は絶対間違ってない。それはパワーだから!」/インタビュー2

6/28(水) 12:15配信

エキサイトミュージック

 
■大槻ケンヂ/特撮『オムライザー』『夏盤』『綿いっぱいの愛を!』・電車『'0年代の電車3TITLES』インタビュー(2/3)

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30代、僕は、ぬいぐるみのブースカと共に暮らしていたんです。

──特撮は、当時「ああ、なるほど!」と思ったんですね。80年代メタル的なサウンド・プロダクトの筋少から、リアルタイムなラウド・ミュージックの特撮になるというのは。

大槻:ああ、そこはね、NARASAKI(Gt)とARIMATSU(Dr)の、そういう世界を知っている人の音が、すごく貢献したと思いますね。

──でも電車は「あれ? 名前が大槻モヨコに戻ってるぞ」みたいな(笑)。ナゴム時代の。

大槻:それ僕、忘れてたんですよ。だからやっぱり『迷走力』ですよ。電車こそ僕の30代の迷走の産物だ、とも思うし。最初は僕は、サトケンさん(佐藤研二)のあのものすごいベースに興味があって、一緒にやってみたかったんですよね。特撮を作った時も、サトケンさんにも曲をお願いしたのかな。そしたらね……なんて言ったらいいんだろう、フランク・ザッパ的に解釈すればいいんだと思うんだけど、もう、訳のわからないスゴい曲が届いたんですよ。

サトケンさんがベースを弾きながらお経を読んでいるような曲が来て、「これは特撮ではないな」と。逆にもっとアングラでアバンギャルドなテイストのバンドなら、サトケンさんとできるかもしれないと思って、電車になった部分もあるんですね。ベラも、70年代東映プログラム・ピクチャーみたいなアングラなものが好きだったし。

でも、電車のレコーディング中にポンプさんが何度か「俺はわからん」と(笑)。サトケンさんがすっごい説明して、ポンプさんずっとドラム叩いてるんだけど、そのうち「あかん、わからんわ」って。だから、作ってるうちに、だんだん「想像以上にサトケンさんすごいぞ」ってことになっていった部分はありましたよね。『電車英雄』とか聴くと、電車は不可思議なところに行ったなあ、気がつけば電車は見知らぬ駅に着いていた、っていう感じはありましたね。

それで、筋肉少女帯は、まだバブルがギリギリあった時代に売れたんで……「大名行列のようなツアー」なんてことをね、当時のバンドはよく言うんですけど、筋少もそうだったんですよ。たくさんスタッフいて、毎日飲み屋でどんちゃん騒ぎやって。あの経費はどこから出てたんだろう? みたいな感じだったんですけど、電車はそれに比べるとねえ、もう本当にこぢんまりと……ベラがガレージ系バンドのライブハウスに詳しくて、そういうところをいっぱいブッキングしたら、衝撃でしたよね。まず、行くとライブハウスが開いてなかったりして、電話したらお店の人が寝ぼけながら鍵持って走って来る、とか。

泊まったホテルも──静岡だったんだけど──おばあちゃんの家の匂いがするロビー兼食堂で、肉体労働者がカレーとビールで宴会やってんですよ。「うわぁ」と思って。ほいで、部屋の鍵もフロントに並べてある(笑)。ワゴン車に乗って、神戸から東京までポンプさんがずっと運転して。そういうライブハウスロッカーのバンド生活をしたことがなかったので、衝撃でしたよね。電車はいろんな思い出があります。

──「なんでこんなことしてるんだ?」ってならなかったですか?

大槻:それも……当時、『ここがヘンだよ日本人』にセミレギュラーで出ていたりとか、タレントの部分もあるわけです。芸能人飲み会なんかも、その頃よく行っててね。で、作家業も……僕、多い時は月産100枚書いてたんですよ。まだ当時出版界もギリギリ賑わっていたので、出版界では先生って呼ばれるんですよ、場合によってはね。サイン会とか行くと「大槻ケンヂ先生」って書いてあって(笑)。

ところがバンドの方は、地方なんかに行くと、ほんとに小さいライブハウスでやることも多くなって。大阪でライブやった時に……「これを楽屋というのか?」っていう、物置みたいな部屋で。イスがビールケースなんです。そしたらちょうど、僕の小説の映画化の話が進んでいる時で、いろんな人たちが大阪まで訪ねて来たんですよ。スーツ着て「先生! 今回の先生の著作の映画化に関してでございますが」って言うんだけど、先生、物置でビールケースに座ってんだよな(笑)。なんだこの今の俺のスタンスのアンバランス感は、と。

──そうなると、そのアンバランスさの下の方は切り捨てていきません? タレントと作家を残して、ビールケースに座る方はやめよう、とか。

大槻:あ、そういうやり方の人もいるでしょう。いたけど僕はその時期、自分がまるで音楽をわかっていないということを、だんだん自覚しだして。そんな人間が、たまたま運や仲間に恵まれて、人前で歌っておカネをもらったりしてるんだから、それはないがしろにできんな、と思ったんでしょうね。あと、やっぱりライブが好きだったので。

……でもこうして思い出してみると、やっぱり30代、生活が荒んでましたね(笑)、僕。毎日ベロベロになるまで飲んでたし、部屋をまったく掃除しないから、どんどんゴミ屋敷みたいになっていって。クーラーとかも壊れるんだけど、業者を家に入れるのがイヤで、2年ぐらいそのままにしてたな。あれね、冬きついんですけどね、夏がきついんですよね。でも「先生!」って呼ばれて(笑)、たまにテレビに出ると、スターの方々と並ぶわけですよ。ほんと歪な生活をしてましたね。

なんかねえ、その頃……僕、チンピラみたいな服を着てた。「どこで買った、それ!?」みたいな、奇抜な、ゴテゴテした服を着て。ポルシェのボクスターっていうオープン2シーターに乗って……30代の男の、自分のスタイルがわからなくなってるヤツ(笑)。だから、ちょい悪オヤジ路線で行こうかなっていう自分と……「江ノ島オーケン物語」って曲にしてますけど(『綿いっぱいの愛を!』に収録)、憧れの湘南ライフみたいなの、あるじゃないですか? ちょっとエコ/ロハスが入った。あれもしてみたい。でも、「いや、そういうんじゃないよな、俺」っていう葛藤もあって。だから、迷走30代男あるあるですよ。

でも、創作物というのは、当時の、わりとネガティヴな部分が反映されていることが多くて。そのネガティヴな部分が表現となって表れているので。電車も特撮も、全部すばらしい、と聴き直して思いましたね。特撮の「デス市長伝説(当選編!)」(『綿いっぱいの愛を!』に収録)とか、なんだこれは?っていう曲を作ってますよね。同じアルバムの「ダンシングベイビーズ」って曲なんかは……30代、僕は、ぬいぐるみのブースカと共に暮らしていたんです。

──ああ、旅先でブースカの写真を撮ってアップしたりしてましたよね。

大槻:やってました、『愛のブー劇場』ってタイトルで。で、この「ダンシングベイビーズ」っていうのは、そういう男が、頭がおかしくなって……内面世界で、見えない赤ちゃんと踊り出す、でもハタから見ると、30代の男が公園でひとり狂ったように踊っている、っていう歌なんですけどね。ちょっとそういう面がありましたね、30代の僕は。

それがみんな表れてるなあ、このへんの作品には。おもしろいです。だから、僕は言いたいのは、僕のファンを名乗る人は、言い訳をしないで買わないとダメ。

──(笑)。

大槻:そのぐらいのアイテムだと思います。大好きなオーケンのが出たけど、今回はボーナスがまだ出ないからパスとか、そういうのはダメ! 大槻ケンヂのファンと一度言ったら、この『'0年代の電車3TITLES』と、特撮の『オムライザー』『夏盤』『綿いっぱいの愛を!』は買わないとダメ! それぐらい重要なものだから、っていうことは言いたいです。買ってくださいね。

これ、よく言うんだけど、30代で悶々としてるヤツ、ライフスタイルや仕事で迷ってるヤツ、特に男は多いんですよ。でもね、その男子30代の迷走は絶対間違ってない。それは迷走力なのさ、パワーだから! 迷走力だから。それも、この6枚を聴けば、確実にわかってもらえると思います。


◎特撮
大槻ケンヂ(Vo)、NARASAKI(Gt)、三柴理(Piano)、ARIMATSU(Dr)
◎電車
石塚"BERA"伯広(G)、大槻ケンヂ(Vo)、小畑ポンプ(Dr)、佐藤研二(Ba)