ここから本文です

スマホアプリに医療保険が下りる時代が来た

6/28(水) 6:37配信

ITmedia ビジネスオンライン

 スマートフォンアプリを使って治療が受けられる、しかも薬と同じように医療保険が適用される――。

【アプリによる禁煙支援のイメージ】

 いよいよ日本でもデジタル医療(デジタルヘルス)が本格化しようとしている。

 2014年11月に施行された改正薬事法によって、ソフトウェア単体でも「医療機器プログラム」として規制の対象となった。従来はソフトウェアだけでは薬事法の規制対象とならなかったため、ハードウェアに組み込んだ形だった。これにより、医療用のスマホアプリも保険の適用が可能となったのだ。

 「既に米国では先行していて、医療用ソフトウェアは2024年に9兆円という巨大な市場になると言われています。日本でもチャンスは広がるはず」と意気込むのは、医療アプリ開発ベンチャー、キュア・アップの佐竹晃太社長。慶應義塾大学医学部を卒業後、呼吸器内科医として医療現場で5年働き、海外留学を経て、2014年に同社を創業した。

●禁煙治療の現状を変える

 同社が開発するアプリは禁煙治療向けの「ascure(アスキュア)禁煙プログラム」。現在、8施設で臨床研究中で、今年夏から秋にかけて国の治験が始まる予定だ。治験とは医薬品や医療機器の製造販売に関して、客観的な見地からその治療効果を試験し、承認するために必要なプロセス。その後、早ければ19年に薬事承認を得てリリースとなる。

 この禁煙治療アプリは、ユーザーである患者が記入する毎日の禁煙状況や体調、服薬状況などの情報に基づき、各自にカスタマイズした指導内容やアドバイスがチャットベースで自動で送られるというもの。

 世の中には似たような健康管理アプリや健康指導アプリは存在するが、それらと一線を画すのは、アプリに内蔵されているガイダンスのコンテンツやアルゴリズムが、既に医学界で効果が証明されている論文、ガイドラインなどを基準に作られていることだという。「何となくその辺のWeb記事を切り貼りして情報を提供しているのとはわけが違う。アカデミックな知見をアプリに実装しているのです」と佐竹氏は胸を張る。

 このアプリは従来の禁煙外来での治療を補完するものと位置付ける。一般的な禁煙外来は、月に1回程度、病院で医師との面談があり、そこでアドバイスを受けたり、ニコチネルパッチといった薬を処方されたりしているが、実はそこから次の通院までの1カ月間が患者にとっては“地獄の苦しみ”だという。医学的には「ニコチン依存症」と言われるように、たばこに含まれるニコチンは依存性が強く、患者は孤独な戦いを強いられるからだ。

 佐竹氏によると、自力で禁煙に取り組んだ場合、1年後に成功した人はわずか5~10%。約9割がたばこを止めたくても止められないというジレンマを抱えている。禁煙外来の場合、1年後には3割弱と成功率は高まるが、禁煙外来は医療費が6万円以上(個人負担が約2万円)かかる。それだけのお金を使って7割の人が止められないという現状は無視できない。

 「主な原因は分かっていて、ニコチンの心理的な依存です。身体的な依存による離脱症状などに対しては薬が効くのですが、心理的な依存については難しい。病院にいるときはドクターや看護師がカウンセリングしてくれて安心感を得ますが、自宅に戻り、一人になってからが辛い。アプリによって毎日フォローしてあげることで、こうした心理的不安を解消し、従来の治療成績を、4割、5割と伸ばそうというのが我々の考えです」(佐竹氏)

 このアプリは現状の禁煙外来をすべて置き変えるのではなく、医師による診療はこれまで通りで、それだけではカバーしきれない部分を補うことが目的である。

 禁煙治療アプリに続いて、キュア・アップでは東京大学医学部附属病院と共同で、脂肪肝治療のためのアプリの開発を進めている。

●デジタルヘルスの2つの意義

 薬事法改正が追い風となり、日本でも徐々にデジタルヘルス分野での事例が生まれている。例えば、医療ITサービスのアルムが提供する医療関係者間のコミュニケーションアプリ「Join」は、国内初の保険適用アプリとして病院などでの導入が進んでいる。

 こうしたデジタルヘルスは社会的にも大きな意義があると佐竹氏。1つが医療費の抑制だ。

 今や世の中には医薬品が溢れていて、新しい薬を開発しようとすると多額の費用がかかってしまう。1つの新薬が日の目を浴びるまでにおよそ1000億円かかると言われているのだ。もしその薬と同じ治療効果があるアプリがあったとしたらどうだろうか? 「医療用アプリであれば、その100分の1以下のコストで開発が可能。実に高い費用対効果が期待できるのです」と佐竹氏は話す。実際、米国の論文などでは、既に糖尿病の新薬と同等の治療成果を出しているソフトウェアも発表されている。

 もう1つは遠隔治療である。

 現場で高度医療機器や手術ロボットなどが普及し始めているものの、日本ではまだ東京都内の一部の病院でしか導入されていないのが現状だという。つまり地方で暮らす患者が治療を受けたければ、東京に来るしか方法がないのだ。抗がん剤に関しても、複雑なものであればすべての病院で使えるわけではない。

 佐竹氏は臨床医として現場で働いていたときに医療格差を痛感した。大学を卒業後、北海道・北見市の北見赤十字病院に勤務。そこで地方と東京、あるいは同じ地方の中でも明らかな医療格差があることを身をもって体験したのである。

 アプリによる治療はそうした課題を解決する可能性がある。都内の大学病院で処方されるアプリと、北海道や沖縄などの離島のクリニックで処方されるアプリの精度は等しいからだ。

 「日本の医療のコンセプトは、すべての人に手ごろな価格で、均一な質のものを提供すること。現在の医療格差の是正にアプリが貢献できるのです」と佐竹氏は熱を込める。

●日本でも数千億規模の市場に

 佐竹氏が医療用ソフトウェアの存在を知ったのは米国留学のときだ。

 医学校として有名なジョンズ・ホプキンス大学で医療とITを組み合わせた「医療インフォマティクス」を学ぶ機会があった。「そこでいろいろな論文を読んでいると、ソフトウェアやスマホアプリを活用して、生活習慣病や精神的な病気などを改善するような事例について書かれたものが多かったのです。これにとても驚きました」と佐竹氏は振り返る。

 今まで病気を治すには、医薬品もしくは医療機器(デバイス)を使うしか方法がないと思っていた。ところが、薬でもデバイスでもなく、ソフトウェアというまったく違うツールを活用することで、これまでにはない治療効果を出せるという事実を目の当たりにしたのである。

 さらに、米国ではソフトウェアでの治療が事業化していた。FDA(米国食品医薬品局)が医療用ソフトウェアを承認し、かつ保険会社がお金を払うというビジネスモデルができつつあったのだ。

 「それまで医師として薬とデバイスしか頭になかったのが、ソフトウェアで治せることを知り、これは未来の医療だと直感しました。事業化という視点でも、今までの医薬品と同じビジネスが成り立つという発想がなかったので、米国の事例を見てこれは日本でも必ず来るなと確信したのです」(佐竹氏)

 これが起業する大きなきっかけになったのである。

 佐竹氏は今後の日本でもデジタルヘルスの可能性は大いに広がっていくとする。現在、日本の医薬品市場は約10兆円、医療機器市場は約2.8兆円で、医療用ソフトウェアの市場規模もそれに匹敵するようになると見ている。「2024年に米国の医療用ソフトウェア市場は9兆円になるという予測があります。そのころまでに日本でも少なくとも数千億円規模の産業に成長するはず」と佐竹氏は力を込める。

 急速に進展するデジタル医療。これまでとは別のアプローチで人々の健康をサポートするだけでなく、40兆円を超える日本の深刻な医療費問題の解決につながることにも大きな注目が集まっている。

(伏見学)