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MIPSコンピュータをめぐる栄枯盛衰

6/28(水) 12:25配信

EE Times Japan

■Imaginationが“身売り”

 2017年6月22日(英国時間)、GPUコアベンダーであるImagination Technologies(以下、Imagination)は、同社の取締役会が全社売却を決定したと発表した。Imaginationの主要顧客であるAppleから技術利用停止の通達を受けたことが、その背景にあると考えられる。

【Azcaのカリフォルニアオフィスに飾ってある「R2000」のチップと中身の写真】

 Imaginationといえば、2013年2月にMIPS Technologiesを買収したことも大きな話題を呼んだ。この買収が発表された時は、CPUコア業界に激震が走ったものだ。MIPS Technologiesは、“RISCの先駆者”ともいえる存在だったからだ。今回はぜひ、そのMIPS Technologiesが開発したRISCマイクロプロセッサの命令セットアーキテクチャである「MIPS」に関連する話を紹介したい。

■CISCからRISCの時代へ

 もともと、プロセッサの命令セットアーキテクチャは、伝統的にCISCだった。だがCISCはご存じの通り、命令セット数が非常に多い。そこで1980年代のはじめに登場した考え方がRISCだ。「RISC(Reduced Instruction Set Computer)」という名前の通り、命令セット数が100以上に上るCISCに比べ、数十個と圧倒的に少ないことが最大の特長である。

 MIPSは、1984年に米カリフォルニア州サニーベールに設立されたMIPS Computer Systemsによって開発された。これが、MIPS Technologiesの前身となる。共同創設者の1人はEdward "Skip" Stritter氏(あだ名が"Skip"だった)で、同氏は筆者のスタンフォード大学時代の友人である。なお、本記事ではこれ以降、MIPS Computer SystemsあるいはMIPS Technologiesを示す時は「MIPS社」、アーキテクチャを示す時には単に「MIPS」とする。

 実はStritter氏は、旧Motorolaが開発したCISCマイクロプロセッサ「MC68000」のチーフ設計者だった。MC68000は、Appleの「Lisa」「Macintoch(Mac)」に採用されたことでも有名だ。

 CISCプロセッサを開発していたStritter氏は「これからはCISCではなく、RISCの時代だ」と考え、MIPS Computer Systemsを設立したのである。そして1985年、初めての商用RISCプロセッサとして「R2000」を発表した。

 MIPSは成功をおさめ、日本でもNECなどが採用している。ただ、64ビットプロセッサ「R4000」をリリースしたところで財政難に陥り、1992年に米SGI(Silicon Graphics International)がMIPS Computer Systemsを買収。これにより、MIPS Computer SystemsはSGIの子会社となり、MIPS Technologiesという社名に変更された。

■コンピュータ業界に投資したクボタ

 さて、時を同じくしてArdent Computer(当初はDana Computer、以下Ardent)が、Alan H. Michaels氏とMatthew Sanders氏によって1985年に設立された。彼らの目的は、デスクトップ型のスーパーコンピュータを開発することで、これにMIPSのR2000を採用することを決めた。以降、MIPS社とArdentは非常に良好な関係の元、開発が進んでいく。

 だが、それから2年あまりで、スーパーコンピュータ「Titan(タイタン)」の開発は行き詰まる。スタートアップだったArdentは、資金繰りで苦戦し、立ち往生してしまったのだ。

 そこでArdentは、日本メーカーも含め、戦略的な提携先を探し始めた。

 この時代はちょうど、多くの日本企業が「事業の多角化」を図ろうと模索していたころである。詳しくは本連載の前回「創設12年で企業価値1200億円に、クボタの“多角化”を促したベンチャー」で説明しているので、ぜひご一読いただきたい。

 結果的に、Ardentはクボタと提携することになり(クボタ側はもちろん、「事業を多角化」すべく提携した)、クボタはArdentに2000万米ドルの資金を提供した。この時、筆者は、既に日米企業の提携を手伝う仕事を始めており、Ardentとクボタの案件では、正式に提携するまではArdent側のアドバイザーを、提携後はクボタ側のアドバイザーを務めることとなった。

 クボタはArdentとの提携を機にMIPS社にも投資をしている。

 ところでクボタは、なぜArdentやMIPS社に興味を持ったのだろうか。前回の記事でクボタは、事業の多角化の一環として、Mycogenという、バイオ農薬を開発する会社と提携しているが、これは、クボタが扱っている農機の販路を通してバイオ農薬を販売できることを狙ったので、クボタの既存事業と関連性が全くないわけではなかった。

 だが今回の相手はコンピュータ業界の企業である。クボタにとっては、“畑違い”ともいえる。

 クボタがとった戦略(これは今となっては正しい戦略とは決して言えないのだが)は、「既存事業ではこれ以上の成長は望めない。ということは、自分たちの分野に近い、“隣接している分野”に行っても恐らくは成長は見込めないだろう。それならば、全く異分野である“飛び地”、しかもこれから成長が見込めそうな所に行って、勝負をしよう」というものだった。筆者の記憶では、クボタはこれを「落下傘アプローチ」と呼んでいた。

 結論を先に言えば、ArdentやMIPS社に投資したこの「落下傘アプローチ」は、うまくいかなかった。クボタは、資金を投入する以外のことは何もできず、Ardentのスーパーコンピュータ開発も思うように進まなかったのである。

■クボタを提訴

 ちょうどこのころ、米国におけるハイテク産業発祥の地ボストン周辺でも、ワークステーションを開発する企業が現れ始めた。

 そのうちの1社がStellarである。ただ、Stellarは、Ardentにとってのクボタのようなコーポレート・インベスターがおらず、資金調達に苦しんでいた。

 そこで、Stellarに投資していた投資銀行H&Q(Hambrecht & Quist)のBill Hambrecht氏の仲介により、1989年、StellarとArdentが対等合併し、Stardentが生まれた。

 ところが、である。

 なんと、旧Ardentを設立したMichaels氏とSanders氏がクボタを告訴したのだ。合併の翌年、1990年のことである。

 理由は「クボタは、ArdentとStellarを無理やり合併させた」というものだった。筆者はその知らせをFAXで受け取ったのだが、非常に驚いたのを覚えている。Michaels氏とSanders氏の言い分は、「自分たちはStellarと合併しなくても十分にやっていけた。それなのにクボタがBill Hambrecht氏と内密に合併を仕組んだ」というものだった。しかし、筆者の知る限りそのような事実はないし、幸いなことに、この告訴に対する米国内の反応も冷静で、両氏は自ら墓穴を掘っているという見解が多かった。

 結局、Stardentは1991年に会社を清算する道を選ぶ。SGIやIBM、HPといった強敵が勢力を伸ばす中、この市場で戦い続ける体力はもう残っていなかったのである。それから数年して、クボタもワークステーションのビジネスからは撤退した。

 RISCを採用したワークステーションを巡っては、このような栄枯盛衰が繰り返されていた。

 この連載で何度か書いているが、新しい技術を開発する試みは、間断なく続けられている。そのうちの幾つかは芽吹いて、大きく成長することもある。一方で、日の目を見ることなく消え去っていくものが多いことも、また事実だ。

 こうした栄枯盛衰の繰り返しによってシリコンバレーのエコシステムが育っているのである。


●Profile

石井正純(いしい まさずみ)

ハイテク分野での新規事業育成を目標とした、コンサルティング会社AZCA, Inc.(米国カリフォルニア州メンローパーク)社長。

米国ベンチャー企業の日本市場参入、日本企業の米国市場参入および米国ハイテクベンチャーとの戦略的提携による新規事業開拓など、東西両国の事業展開の掛け橋として活躍。

AZCA, Inc.を主宰する一方、ベンチャーキャピタリストとしても活動。現在はAZCA Venture PartnersのManaging Directorとして医療機器・ヘルスケア分野に特化したベンチャー投資を行っている。2005年より静岡大学大学院客員教授、2012年より早稲田大学大学院ビジネススクール客員教授。2006年よりXerox PARCのSenior Executive Advisorを兼任。北加日本商工会議所、Japan Society of Northern Californiaの理事。文部科学省大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)推進委員会などのメンバーであり、NEDOの研究開発型ベンチャー支援事業(STS)にも認定VCなどとして参画している。

新聞、雑誌での論文発表および日米各種会議、大学などでの講演多数。共著に「マッキンゼー成熟期の差別化戦略」「Venture Capital Best Practices」「感性を活かす」など。

最終更新:6/28(水) 12:25
EE Times Japan