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閉店に追い込まれた温浴施設が若者から大人気になった理由

6/29(木) 7:10配信

ITmedia ビジネスオンライン

 読者の皆さんは埼玉県さいたま市にある「おふろcafe utatane」をご存じだろうか。

【ハンモックで寝ながら小説や漫画を読める】

 おふろcafe utataneは、お風呂と娯楽コンテンツが融合した温浴レジャー施設。お風呂から上がった後は、ハンモックやドリンクバーが用意された共有スペースで本やコミックを読んだり、レストランで食事をしたり、ボードゲームやカードゲームで遊ぶことができる。

 自宅のリビングのようにくつろげると若い女性から評判で、最近は10~20代のデートスポットとして活用されるケースも増えてきている。

 そんな若者から大人気のおふろcafe utataneだが、実は4年前までは年配の男性客がメインターゲットで、しかも赤字続きのスーパー銭湯だった。この人気がなかった施設を生まれ変わらせたのが温泉道場の山崎寿樹社長である。

 「一時は閉店に追い込まれるほど、お客さんがいなかった」(山崎社長)という施設をどのようにして改革したのか。山崎社長に話を聞いた。

●ターゲットを年配男性から若い女性に

 山崎社長が温泉道場を起業したのは2011年。もともとは、経営コンサルティングを手掛ける船井総合研究所で温浴施設の経営支援に携わっていた。温浴施設を担当してから4年目のとき、埼玉県にある温浴施設のオーナーから「山崎さんに経営を引き継いでほしい」と声を掛けられたことをきっかけに起業した。

 おふろcafe utataneの前身となるスーパー銭湯を譲り受けたのはその2年後。起業時に引き継いだ1店舗目の売り上げを伸ばした実績を評価され、譲渡の話を持ちかけられた。

 しかし、そのスーパー銭湯は課題が山積みだったという。

 「当時、そのスーパー銭湯は集客に苦労し、赤字が続いていました。理由としては駐車場が狭かったことに加え、周辺の競合店と比べて浴室が狭く、お風呂の種類も少なかったことが挙げられます」(山崎社長)

 まずは、商品のメインである浴室を改修する必要があった。しかし、予算は限られており、浴室の改修に費用をかけても競合施設と同じ程度のクオリティーにしか改善できない。正攻法で勝負しても競合に勝てる望みは薄かった。

 そこで山崎社長は、男性中心だった顧客ターゲットを思い切って女性にシフトすることを考えた。

 山崎社長によれば「男性は女性に比べて、浴室の広さやお風呂の種類に強いこだわりを持っているが、それに対して女性は『雰囲気』を重視する傾向がある」という。それならいっそ、浴室の改修には手を出さず、予算を共有スペースなど、浴室以外の空間に重点投資することで女性ユーザーを集めようと決断したのだ。

 「浴室で勝負せず、空間で勝負すれば、うまくいくかもしれない。そこに賭けてみようと考え、施設を譲り受けることにしました」

●目指したのは家のように過ごせる温浴施設

 ターゲットは女性の中でも若年層に絞った。理由としては、施設の近隣には若い女性向けのお店が少なかったこと。また、前述したように駐車場が狭かったため、クルマを利用しない層を狙う必要があった。そして、「新しいブランドを広げていくためにも、発信力のある若い女性をターゲットにしたかったから」という。

 「まずは、大型商業施設などに足を運び、女性の休日の過ごし方を徹底的に研究しましたね。その中で見えてきたのが、多くの女性がカフェで雑談を楽しんでいる姿です。私がカフェ好きということも理由の1つではありますが、ここから『お風呂×カフェ』というコンセプトを考え出しました。具体的には、コーヒーサーバーなどを設置して、お風呂上りに友達とお茶をできるようにしようと決めました」

 しかし、単に温浴施設にカフェの要素を持ち込むだけでは、女性にウケる空間は作れない。山崎社長は「居心地良さ」にとことんこだわった。

 「とにかく家っぽくしたいと考えました。私が小さかったころは友達の家に泊まりに行って夜通しで遊ぶということもありましたが、今はそうした機会が少なくなってきている印象があります。ですから、友達の家に泊まりに行くような空間をおふろcafe utataneが提供したいと思いました」

 例えば、ハンモックで寝ながら小説やマンガを読めたり、トランプ、ボードゲーム、PCも自由に使えるようにした。おなかが空いたらレストランでご飯も食べれるほか、ラウンジでお酒を飲むこともできる。また、本棚にある本はあえて雑に置くなど、“整え過ぎない”ようにした。まるで自宅のように、リラックスして長くいられる環境を作るためだ。

 「改装前の施設では、お風呂から上がったらすぐに帰宅するユーザーが多く、平均滞在時間は1~2時間でした。しかし、ゆっくりくつろげる空間を作ったことで、おふろcafe utataneの平均滞在時間は6~7時間にまで伸びたのです。これによって客単価も上がりました」

 価格は丸1日(午前10時~翌日午前9時)いても2100円。投資を共有スペース部分に絞ったことで、改装コストを安く抑えることができ、その分を価格に還元できた。改装後、ユーザーの7割が女性となり、10~20代のデートスポットとしても利用されるようになった。

 「厳しい状況だったからこそ、出てきたアイデアでした。結果としては、おふろcafe utataneの売り上げは改装前の2~3倍に増えました」

●スタッフがおふろcafe utataneをデザインする

 お風呂から上がった後も多数のコンテンツを楽しむことができ、まるで友人の家のリビングで過ごしているような体験ができるおふろcafe utatane。その空間を作り上げることができたのは、平均年齢が30歳以下の若いスタッフたちのアイデアがあったからだという。

 「若年層のトレンドは変化が激しいので、ビジネスとしては難しい面もあります。私はいま35歳なので、まだ若い人の感覚についていけますが、今後は10~20代の感性がどんどん分かりにくくなってきますからね。ですから若いスタッフの声を大切にしています」

 山崎社長は、コンテンツの選定や配置場所、レイアウトなどの裁量を現場に持たせて、スタッフの発想を生かした店舗作りを実践していると話す。

 「実際、カップルのユーザーが増えたきっかけは女性スタッフの『ちょっとエロい空間にしてみよう』という発想からでした。照明の明るさだったり、ちょっとだけ人目のつきにくいを空間を作ってみたり。あからさまに『カップル向けのスポットです』という感じを出さずに、自然と良い雰囲気を作ることができていますね(笑)。スタッフから発想が出てきたら、実際に任せてみることが大切です。いきいきと仕事ができますし、モチベーションを高めることにつながります」

 おふろcafe utataneでは毎月、音楽ライブや季節イベント、ワークショップを共有スペースで開催しており、こうしたイベントコンテンツも若いスタッフが主体的に作り上げている。

 山崎社長は「共有スペースにさまざまなコンテンツを持ち込むことで、おふろcafe utataneは単なる温浴施設ではなく、若いユーザーとスタッフが流行や文化を共有・発信する場所へと変えていきたいです」と語る。

 「今、ほとんどの家にお風呂がありますので、昔と比べて外に出て入浴する機会がありません。しかし、新たに入浴施設の需要を開拓していかなければ、業界としては先細りになってしまいます。おふろcafe utataneが新たな入浴施設の形を提案することで、温浴業界全体を変革していきたいと思っています」


(鈴木亮平)