ここから本文です

やっかいな「ダークツーリズム」に近づいてはいけない

6/29(木) 8:11配信

ITmedia ビジネスオンライン

 北朝鮮が相変わらずニュースをにぎわしている。

 直近の大きなニュースと言えば、北朝鮮で拘束されていた米大学生が解放された件だろう。

【旅行会社の悪評が次々と明らかに】

 2017年6月13日、北朝鮮で投獄されていたバージニア大学の学生、オットー・ワームビアが解放された。ただワームビアは、なぜか昏睡状態に陥っており、意識不明のまま米国に移送されることに。その後、米国内の病院で死亡した。

 彼は観光ツアーで北朝鮮に旅行中の2016年1月、平壌のホテルで政治的なポスターを盗んだとして逮捕され、15年の労働教化刑の判決を受けていたが、2016年3月の裁判直後から昏睡状態にあったと見られている。ちなみに北朝鮮はワームビアの裁判の様子を映像で配信し、彼がポスターを盗んでいる瞬間のビデオも公表している。

 北朝鮮は、ワームビアがボツリヌス中毒になって睡眠薬を服用し、意識不明になったと主張した。米国での診察によると、心臓血管に何らかの問題が起きたとみられているが、彼の両親が検視解剖を拒否しているために、今後、死因が特定されることはなくなった。

 ワームビアの一件が米国と北朝鮮の関係性を複雑にする中、筆者が事件当初から気になっていたことが米国でも取り沙汰されている。そもそも、ワームビアが国交もない北朝鮮にどうやって「観光旅行」に行くことになったのか、だ。少し調べてみると、そこには「ダークツーリズム」を商売にしている人たちの存在があることが見えてくる。

 米国では今、ワームビアに対する痛烈なコメントも散見され、それがニュースで取り上げられて物議になっている。例えば米デラウェア大学のキャッシー・デットワイアー教授は、自身のFacebookで、自分が大学で教えている学生たちと比較して、彼の行動が「若く裕福で無知な白人男子の典型的な発想」だと痛烈に批判した。

 事実かどうかはどうあれ、人種的な批判を含めるこの発言が問題視されるのは当然だ。事実、世界中からデットワイアー教授を解雇しろと要求が来ていると報じられている。その一方で、ワームビアの行動が批判にさらされても仕方ないこともまた事実である。

●旅行会社の悪評が次々と明らかに

 ワームビアは、2015年末に中国に旅行中、北朝鮮で新年を迎える5日間のツアーに参加した。そのツアーを提供していたのが、中国に拠点を置く旅行会社「ヤング・パイオニア・ツアーズ」という旅行会社だった。ワームビアの父親がメディアに述べたところによると、彼は好奇心が旺盛で冒険心も強い性格だったために北朝鮮行きを決めた。

 今回の事件が起きてから、このヤング・パイオニア・ツアーズという旅行会社の悪評が次々と明らかになっている。何か事件が起きてからこれ見よがしに批判を口にする人が増えるのは世の常だが、ただ事件になっていなければ注目もされないために、何かがあってからいろいろな話が出てくるのはある意味で仕方がないことだと言える。

 ヤング・パイオニア・ツアーズは2008年に、英国人のガレス・ジョンソンによって設立されたツアー会社だ。同社は中国の北京や西安にオフィスを構えていると言うが、英デイリーメール紙は、実際のところ北朝鮮をテーマにした飲み屋が拠点になっていたらしいと報じている。だとすればそれだけでかなり怪しい。

 同社はWebサイトで、北朝鮮ツアーについて、「お母さんが、あなたに近寄ってほしくないと望むような土地への格安ツアーを提供する」と豪語していた。こうした「軽いノリ」に、ワームビアの父親は怒りを隠さず、同社が北朝鮮のような国に巧妙な誘い文句で若い米国人を誘惑して連れて行っていると批判している。

 この会社を使ってツアーに行った人たちの証言によると、ツアーは常に飲酒のからむ「パーティー」状態だったという。北朝鮮でのツアー中にガイドが飲酒トラブルを起こしたり、国境付近で拘束されそうになったケースもあったようだ。事実、ジョンソンのInstagramを見ると、北朝鮮と思われる場所でウォッカやバーボンなどハードリカーをラッパ飲みしているような写真がいくつもアップされている。

 またヤング・パイオニア・ツアーズにはこんな批判も出ている。2016年1月、ワームビアが拘束された直後、彼の釈放に向けて交渉するでもなく、ジョンソンは自身のInstagramで酒瓶を胸に抱きしめている写真をアップしていたり、数週間後にはフィリピンに向かい夜の繁華街で遊びほうけていたとも報じられている。

●「ダークツーリズム」が提供しているツアー

 ヤング・パイオニア・ツアーズは現在も、Webサイトで北朝鮮についてこう書いている。「あなたが耳にする話と違って、ほとんどの国籍の人にとって、私たちの文書や旅行前の説明で示される法律を従いさえすれば、北朝鮮はおそらく地球上でもっとも安全な場所のひとつです。北朝鮮では観光はとても歓迎されています。北朝鮮の人々は、あなたが心を開き、彼らの信条やイデオロギーへの無礼な行為を避ければ、フレンドリーで好意的です。政治的に緊張感が高まっている間でも、北朝鮮への観光は影響を受けません」

 今回のワームビアの件を受けて、ヤング・パイオニア・ツアーズは「私たちはこれまで8000人以上を北朝鮮に連れて行っているが、事件は今回のたった1件だけだ」「(旅行サイトの)トリップアドバイザーでも500件以上のレビューで高評価を得ている」「旅行者にはどんな行為がトラブルになるのか渡航前に理解してもらっている」などと主張している。旅行前にしてはいけないことなどを説明しているのだから後は自己責任だ、と言いたいようだ。

 一方で、ツアー会社に罪はないとの意見もある。すでに述べたデラウェア大学のデットワイアー教授が示唆しているように、結局は、軽率にそのツアーに「ノリ」で行ってしまう人がいることに問題があり、それは一理ある。

 ただ北朝鮮に限らず、こうした「人のいかない場所を見てみたい」という人は世の中に少なくない。ヤング・パイオニア・ツアーズはツアー先として北朝鮮に特化しているが、実はそれ以外に人がいかない地域へのツアーもアレンジしている。いわゆる「ダークツーリズム」だ。

 同社が提供しているのは、例えばウクライナのチェルノブイリを訪れるツアーや、イラン、イラクのクルド人地地区、ソマリランド、キューバ、南オセチアなどである。そのうちの目玉が北朝鮮だった。確かに若く好奇心が旺盛な人たちの中には、怖いもの見たさでこうした場所を訪問したがる者も少なくないだろう。ただたったひとつの、思いつきのような行動が予想もしないような国際的な大問題になり、最悪の結果を招くこともある。それは今回のワームビアのケースを見れば明らかだろう。

●北朝鮮への「旅行」は注意が必要

 日本政府は、外務省海外安全Webサイトで、北朝鮮への渡航は、全土で「渡航を自粛してください」とし、こう指導している。「北朝鮮が核実験や弾道ミサイル発射を繰り返しています。こうした状況も踏まえ、拉致、核、ミサイルといった諸懸案の包括的な解決のために我が国がとるべき最も有効な手段は何か、という観点から、一連の我が国独自の対北朝鮮措置を実施しています。その一環として、人的往来の規制措置、具体的には我が国から北朝鮮への渡航自粛要請が含まれています。つきましては、目的のいかんを問わず、北朝鮮への渡航は自粛してください」

 北朝鮮に「旅行」するには十分な注意が必要になるということだ。

 過去10年で16人の国民が拘束されている米国は、ワームビアが北朝鮮に向かった2015年12月末ごろは、「米国民は北朝鮮で、米国やそのほかの国では逮捕にならないような行為で逮捕されたり、長期間拘留されたりする」ために、「北朝鮮に渡航しないよう強く勧める」とアドバイスしていた。

 北朝鮮は6月23日、「ワームビアが『敵国の犯罪者』であるにもかかわらず、医療措置を行うなど丁重に扱った」と主張する声明を発表した。敵地に乗り込んで行ったワームビアの一件から学べることは多そうだ。

(山田敏弘)