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【のびやかに・浜木綿子】(18)「売りまくれ。売れるものなら亭主でも」

6/29(木) 15:03配信

スポーツ報知

 歌舞伎俳優の市川猿翁さん(当時・猿之助)と離婚したのが1968年冬。私は、その年の7、8月に芸術座「喜劇・売らいでか!」(岸宏子原作)という作品に出ています。

 劇中に「売って売って売りまくれ。売れるものなら亭主でも」という強烈なセリフが。“夫を売る”役と聞き、最初はギョッとしましたが、私の傷心は癒え、完全に“仕事モード”に突入。「絶対にこれはおもしろくなる」と確信し、喜んでお引き受けしたのです。

 脚本は「細うで繁盛記」「あかんたれ」で知られる花登筐(はなと・こばこ)さん。初演時のパンフレットには「男性は慄然とする話で悲劇だが、女性には痛快きわまりない物語」と書かれています。伊賀上野を舞台に、私が演じる「なつ枝」という女性は、ある未亡人と浮気をした夫を、怒りの代わりに浮気相手に売り飛ばします。

 「売らいでか」という言葉は、売らないでおくものか、売らんかなの強調。逆境にめげず、パワフルに生きる主人公には剛柔の二面性も。演じがいのある好きな役のひとつです。

 でも、ここまで再演が繰り返されるとは思いもしませんでした。よく痛快人情喜劇と紹介されますが、一言でいうならその通り。今年は7月1日に始まる博多座公演を控え、3日には上演550回を迎えます。なつ枝は、私に喜劇の難しさと恐ろしさ、そして醍醐(だいご)味を教えてくれた役なのです。

 ゼロコンマ何秒の世界で勝負するスポーツ選手のように、喜劇の生命線は「テンポ」と「間」。ところが困ったことに、芝居の「間」は練習すれば必ず上達する保証はない。その瞬間、瞬間の感覚を研ぎ澄まし、体に刷り込んでいく。気の遠くなる“作業”ですが、それを出演者全員で共有できなければ、いい舞台にはなりません。

 感動に、深い浅いがあるといいます。私は、笑いにも、これと同じことがいえると思うのです。愛憎も、悲しみと喜びも、まったく対照的な感情に見えて、実は紙一重で地続き。主人公は怒りや悲しみを抱えながらも、軽やかでしなやか。深みのある笑いを求めたいと思います。

 いまはタイトルに「新版」と付きます。テンポをより効果的に出すため、脚本も少しずつ変化。長年、私と夫婦を演じてきた“相棒”の左とん平さんが現在、病気療養中です。急にもかかわらず、井上順さんが代役を引き受けてくださいました。

 セリフの量がものすごいのですが、井上さんは稽古初日に全て頭に入っておられ、その覚悟にこちらの背筋が伸びる思いでした。とん平さんの回復を祈りながら、私たちは、真剣勝負でまた新しいものを生み出そうとしています。では、これから博多に行ってまいります。(構成 編集委員・内野 小百美)

 ◆68年映画化、翌年連ドラ舞台と同じ役で出演

 「売らいでか!」は、68年11月に「喜劇“夫”売ります!」(瀬川昌治監督)のタイトルで映画化。フランキー堺、佐久間良子、森光子らが出演した。また69年には読売テレビ系で連ドラも。浜が舞台と同じ役を演じ、話題を呼んだ。

 博多座公演は7月1~16日。東京・シアター1010公演は8月8~10日。

最終更新:7/4(火) 22:54
スポーツ報知