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【西武】森慎二投手コーチ急死 42歳、24日まで通常通りブルペンを担当

6/29(木) 5:03配信

スポーツ報知

 西武の森慎二1軍投手コーチが急死した。28日午後0時10分、多臓器不全のため、入院先の福岡市内の病院で死去した。42歳だった。27日に病気療養のため休養することが発表されたばかりだった。現役時代は剛速球で鳴らした救援右腕で、昨季途中の5月から1軍投手コーチに昇格し、ブルペン担当として手腕を発揮していた。

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 突然の訃報が、3―4で接戦を落とした西武ナインにさらなる衝撃を与えた。28日のロッテ戦(那覇)後、報道陣に対応した鈴木球団本部長によると、森コーチは25日のソフトバンク戦(ヤフオクD)の試合前に体調不良を訴え、福岡市内の病院に入院。この日、午後0時10分に同市内の病院で多臓器不全のため息を引き取った。通夜、告別式などの日程は未定。

 予兆はなかった。球団から病気療養による休養と、代わって西口文也2軍投手コーチ(44)の1軍合流が発表されたのは27日。鈴木本部長が「(入院の)前の日まで元気にしていた」と話したように、入院前日の24日のソフトバンク戦(同)も通常通りにブルペン担当を務めていた。辻監督にはこの日の試合前練習終了後に、選手には試合後に訃報が伝えられた。

 森コーチは96年ドラフト2位で西武入団。主に抑え、セットアッパーとして44勝44敗50セーブを挙げ、02、03年には最優秀中継ぎ投手に輝いた。05年にポスティングシステムでのメジャー挑戦を表明。06年にデビルレイズ(現レイズ)に移籍したが、オープン戦で右肩を脱臼。07年に解雇された。

 09年にBCリーグ・石川に選手兼コーチとして入団し、10年に監督に就任。11年に独立リーグ日本一に導き、13年から投手兼監督を務めた。14年限りで現役を退き、同年秋に古巣・西武の2軍投手コーチ兼育成コーチとして復帰。昨季途中の5月から1軍投手コーチに昇格し、ブルペンを担当していた。

 試合後、辻監督は目を潤ませながら「ショックです。数日前まで一緒に戦ってきた仲間だった。(体調が)悪いのは知ってたけど俺しか知らなかった。つらいです」と言葉を絞り出した。

 日米での経験や、米国でのリハビリ、独立リーグでの指導。その類いまれな経験を生かして2軍担当時代には、故障に苦しんでいた大石らを指導した。物腰の柔らかい性格で、選手からの信頼も厚かった森コーチの急逝が、球界に深い悲しみを与えた。

 ◆多臓器不全

 心臓、肝臓、腎臓、血液系、消化器系、神経系、呼吸器系と生命維持に必要な7つの臓器・系のうち、2つ以上が同時、または連続的に機能不全に陥ること。重度の感染症、外傷悪化などが原因。臓器ごとに治療は異なり、障害の進行状況で生存率が下がる。

 ◆森 慎二(もり・しんじ)1974年9月12日、山口・岩国市生まれ。岩国工から新日鉄光、新日鉄君津を経て、96年ドラフト2位(逆指名)で西武入団。06年にデビルレイズ(現レイズ)に移籍。09年からBC石川で選手兼投手コーチ、監督を歴任。14年秋に西武投手コーチ。NPB通算431試合で44勝44敗50セーブ、防御率3・39。189センチ、90キロ。右投左打。

最終更新:6/29(木) 9:00
スポーツ報知

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