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群馬・高崎駅にポスター掲示で話題になったBOOWY、活動期間7年で示したインパクト

6/29(木) 9:24配信

MusicVoice

 先日、群馬・高崎駅に、BOOWYの“謎”のポスターが掲示され、ネットを中心に「復活か?」と話題を集めた。群馬と言えば、氷室京介、布袋寅泰、松井常松の出身地でもある。ところでBOOWYは、解散から30年が経とうとするのに今もなぜ人気なのか。そもそもBOOWYとはどういうバンドだったのか。

電話回線パンク

 1988年におこなわれた、BOOWYのラストライブ、東京ドーム公演『LAST GIGS』(4月4日・5日)は、用意されていた9万枚以上のチケットが、発売開始たった10分で完売。予約の電話が殺到した結果、文京区の電話回線がパンクするという事態が起こったという逸話がある。その翌月に発売された『LAST GIGS』は、ライブアルバムは異例とも言える150万枚のセールスを記録している。

 解散後も人気は衰えず、1991年にリリースされたアルバム集ボックス・セット『BOOWY COMPLETE』はオリコン2位、2007年発売のベストアルバム『THIS BOOWY DRASTIC』は同5位、2008年4月5日に発売された、左記の『LAST GIGS』のライブアルバム『“LAST GIGS” COMPLETE』はオリコン10位を獲得。今もなお、再結成や復活を望む声が挙がっている。

 そのBOOWYは、氷室京介、布袋寅泰、松井常松、高橋まことからなるロックバンド。当初は6人編成だった。結成は1981年、解散を発表したのは1987年、最後のライブ『LAST GIGS』は翌年の1988年。活動期間はたったの7年だ。まさに疾風の如く駆け抜け、強烈なインパクトを残した。

80年代のロックバンドにあったカッコよさ

 誤解を恐れずにいえば、BOOWYというバンドは、不良で、硬派で、骨っぽい男らしさを纏ったセクシーなバンドだった。そういったロックグループはBOOWYが活躍した1980年代では決して珍しい存在ではなかった。

 2017年の現在、不良っぽい色気のあるバンドというのはちょっと珍しいのではないだろうか。もしかしたら、今ではそういう感じは“ウケない”からなのかもしれない。現在、「不良」「ワル」(言葉の表現こそ古いが)といった印象で人気を博しているロックバンドは、少なくとも80年代に比べて非常に稀少だろう。

 1980年代、海外のロックシーンは、LAメタルがアメリカで全盛期であったり、イギリスではパンクムーヴメントの直後で、ニューウェーヴやパブロックなど、血気盛んな音楽が蔓延し、シーンを活気づかせていた。

 国内でも、80年代、90年代あたりまでは「ロックバンドの素行」として生放送で容赦なくカメラを叩き壊したり、怒りと共に唾を吐きかけたり、自らの機材を破壊したり、自傷的な流血ライブをおこなう――、といったことは決して珍しくはなかった。その時代を想起し、「今やったら怒られるじゃ済まない」と、ある種の悲観を滲ませるロッカーは少なくない。

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最終更新:6/29(木) 9:24
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