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《ブラジル》問われる学校の多文化対応=教師の経験不足で不適切な指導=外国人生徒の知的障害を疑う

6/29(木) 6:02配信

ニッケイ新聞

(ブラジル邦字紙「ニッケイ新聞」移民の日特集号)




 ブラジルに足を踏み入れた外国人が最初に経験するものの一つは、言葉の壁や文化の壁だ。旅行者ならこの壁は一過性のものだが、移民や駐在員として少なくとも数年、あるいは数十年、暮らさなければならない人の場合はそうは行かない。それでもまだ、自分の意思でブラジルに来た人は諦めもつくだろう。だが、親の都合や祖国が戦争に巻き込まれたりして自国を離れる事を余儀なくされ、時には追われるようにして来た人の場合はどうするのか?


 3月19日付エスタード紙は、サンパウロ市の公立校に在籍する子供の事を中心に、移民達が直面する問題を取り上げている。


 その一つは、言葉がわからないために授業についていけず、「あの子には何を言ってもわからないからほおっておけ」とか「お前は馬鹿だ」などと言われ、「精神科医に診てもらえ」という手紙までもらうというものだ。

 サンパウロ市セントロのグリセリオやボン・レチーロ、セー、東部のモオッカやブラスなどは、様々な国から来た移民が大勢住んでおり、「精神科医に診てもらえ」という手紙を持って、保健所を訪れる子供や親が多いという。


 だが、ブラジルに着いてからわずか数カ月の子供達が、「シン」「タ・ボン」程度の言葉しか使えず、テストでも点が取れない、他の子供達と遊べないといった現象は、本当に精神科医を必要とする事なのか。移民なら誰もが同様の経験をしてきた、あるいは今もしている。経験者には、そんな必要がないことは一目瞭然だ。

 ブラジル生活がある程度長くなっても、相手の言う事がわからない、自分の言いたい事が言えないというジレンマに襲われるのは普通だ。


 日本人が日本語で話し合っていても理解しあえない事があるのだから、外国語を通常の速度で浴びせかけられ、自国民並みに理解しろと言われても無理なのは当たり前だろう。教育現場の教師達がそのあたりの事情を理解していないと、教室の子供達が周りから取り残されたり、誤解されたりしてしまいがちだ。

 同記事によれば、セー地区の保健所がこの6カ月間で扱った35人の子供の内、精神科医の対応が必要な子供はゼロだったという。

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最終更新:6/30(金) 23:14
ニッケイ新聞