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サッチャー革命が残した傷跡

6/29(木) 17:01配信

ニュースソクラ

【資本主義X民主主義4.0】第二部 供給は自らの需要を生み出すか パリ協定離脱を望んだアメリカの炭鉱夫

 [南ウェールズ発]メタンガスに引火するのを防ぐため腕時計や携帯電話、カメラをロッカーにしまったあと、元炭鉱夫のビル・レイチングス(74)は酸素マスクとヘッドライト用充電電池を腰に巻いてくれた。

 リフト(昇降機)は秒速2メートルのスピードでゆっくり約90メートル地下に下りて行った。真っ暗な炭鉱では、18世紀以降、イギリスの産業革命を支えた南ウェールズの良質な石炭が光沢を放っていた。

 「アメリカと国民を守る私の厳粛な職務を遂行するため、アメリカはパリ協定から離脱する」。

 2020年以降の地球温暖化対策を定めた国際枠組み「パリ協定」からの離脱を宣言したアメリカ大統領ドナルド・トランプをどう思うか、ビルに尋ねてみた。

 15歳の時から30年以上、南ウェールズやオーストラリアの炭鉱で働いたというビルは大きな目を見開き、「トランプは正しい。炭鉱を閉鎖して仕事を奪うのは間違っている」と断言した。

 南ウェールズでは中世から小規模の石炭採掘が行われてきた。南東部のブレナヴォンでは豊富な鉄鉱石、石炭、石灰岩、水資源を利用して1789年、最初の炉が作られた。採掘の規模は19世紀になって拡大し、製造された鋼鉄は世界に輸出された。

 ビルが案内してくれた廃坑ビッグピットは、ブレナヴォンの製鉄を支えた34の縦坑、162の横坑の一つだ。1920~30年代、アメリカやドイツとの価格競争に負け、37年に最後の製鉄所の火が消えた。

 ビッグピットも79年に閉鎖された。80年代のサッチャー革命で競争力を失ったイギリスの炭鉱と労働組合は引導を渡された。84~85年の炭鉱ストライキ前には170の炭鉱で19万1000人が働いていたが、90年代前半に1万人にまで縮小した。

 ある支援団体の900人追跡調査では、1年以上たっても46%が失業、9%が職業訓練・教育中で、仕事にありつけた44%も大幅な賃金カットを強いられていた。

 彼らがその後、どんな人生を送ったのか知る大掛かりな公式記録は残されていない。さびれた旧炭鉱町の失業率は高止まりし、次世代の犯罪や薬物使用が横行した。60年代、50万人が1億7700万トンの石炭を生産していたが、深部採掘は2015年12月を最後に歴史の幕を閉じた。

 炭鉱ストに参加したウェイン・マンクリー(54)は「トランプの離脱決定はとんでもない間違いだ。温暖化を防ぐため石炭火力発電の浄化を進めるのが正解だ。石炭のよりクリーンな利用を進めれば雇用が生み出されるはず」と強調した。

 ウェインは雇用対策を進めないまま、労働組合を潰して炭鉱を民営化し、閉鎖に追い込んだサッチャー革命は誤りだと今も信じて疑わない。

 「仲間たちは炭鉱が閉鎖されると、採掘が続く炭鉱を探して渡り歩いた。工場労働者になると言っても、炭鉱でしか働いたことがない我々には難しかった。雇用対策としてビッグピットでガイドの仕事が与えられた我々は恵まれている」と語った。

 ブレナヴォンの産業景観はユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産に登録されている。ビッグピットには毎日400~500人の見学者が訪れ、多い日には1000人を超える。ガイド役の元炭鉱夫の意見は世代によって微妙に変わってくる。ウェインより若い世代はこう語る。

 「炭鉱夫を守りたいというトランプの気持ちは正しいが、やり方が間違っている。時代の流れには逆らえない、だから労働者は苦しくてもそれに合わせていくしかない。いつの時代も政治家は真実を語っていない。サッチャー革命で炭鉱閉鎖という苦しみを味わった我々はアメリカの炭鉱夫にこうすれば良いとアドバイスする立場にはない。どうするかは彼らが決めることだ」

 二酸化炭素排出量で中国(世界全体の28%)に次いで2位のアメリカ(16%)が、195カ国が署名したパリ協定から離脱する理由について、トランプはこう説明した。

 「パリ協定を順守すると2025年までに最大で270万人の雇用が失われかねない。40年までに製紙業の生産量は12%ダウン、セメント業が23%ダウン、鉄鋼業が38%ダウン、私は炭鉱夫を愛しているが、石炭業では86%も生産が縮小する。国内総生産(GDP)は3兆ドル近く失われる」

 アメリカは温暖化対策で生み出される新たな雇用に目をつぶり、目先の仕事を守るため時代に背を向けてしまった。欧米の先進国でナショナリズムや極右ポピュリズムが台頭し、後ろ向きの動きが目立つ。

 それに対して、アフリカでは「M-KOPA」と呼ばれる太陽光発電を使った自家発電システムが1日500戸のペースで増え続け、計50万世帯に小さな明かりを灯す。日進月歩のテクノロジーを活用した急激な変化が起きようとしている。

 ◇    ◇

 イギリスでは1980年代のサッチャー革命で製造業に見切りをつけ、サービス産業に大きく舵を切りました。金融ビッグバンで外資が流れ込んだロンドンの金融街シティーでは「ヤッピー」と呼ばれる若手エリートが闊歩するようになり、イギリス経済復活の原動力となりました。
 しかし2008年の世界金融危機で市場至上主義の新自由主義(ネオリベラリズム)は大きな曲がり角を迎えています。【資本主義X民主主義4.0】第二部では、フィンテック(ファイナンス・テクノロジーのこと)を軸にアフリカやロンドンで起きている変化を追いかけてみます。

■木村 正人(在英・国際ジャーナリスト)
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。

最終更新:6/29(木) 17:01
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