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西武・森慎二コーチが急死 突然の負傷で現役引退も、指導で手腕発揮

6/29(木) 11:38配信

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2002年には当時史上最多の32ホールド、救援投手として多くの実績

 6月28日に急死した西武ライオンズの森慎二コーチは、山口県立岩国工業から新日鐵光、新日鐵君津を経てドラフト2位で1996年に西武ライオンズに入団した。

 入団当初から即戦力として期待され、先発として起用されたが、6月には中継ぎに転向し、27日の近鉄戦で初勝利。後半戦にはクローザーをつとめ、チーム最多の9セーブ、西武の優勝に貢献した。

 この年のヤクルトとの日本シリーズ、第2戦では延長10回に5-5でマウンドに上がり、いきなり宮本慎也に左越え二塁打を打たれるが、続く真中、稲葉を連続三振、最後の佐藤真を左飛に抑えて、その裏に田辺のサヨナラ安打が出て勝利投手に。一躍注目された。

 以後3年は救援とローテの合間の先発を兼ねる。2000年にはクローザーとして23セーブを挙げた。

 しかし、以後は好不調の波が大きくなり、豊田清の台頭もあって中継ぎ、セットアッパーとして活躍した。2002年には最多の71試合に登板、当時は公式記録ではなかったが、その時点で史上最多の32ホールドを記録している。

 オールスターゲームにも5回選出され、6回を投げて0勝0敗1セーブという成績を残している。日本シリーズには97年、98年、2002年、2004年に出場。1勝0敗0セーブだった。

 速球とフォークというシンプルな配球だったが、球威があり、イニング数を大きく上回る奪三振。小さなフォームから投げ込む投法で、打者はタイミングが取りづらかった。

悲劇的な負傷で現役引退も、独立リーグで屈指の名将に

 2005年オフ、ポスティングシステムを利用してMLB移籍を宣言。佐々木主浩などと同じ「ハイ・ファストボール&スプリッター」のタイプであることが注目され、3球団が応札。最高額の75万ドルを提示したタンパベイ・デビルレイズと2年140万ドルのメジャー契約を結ぶ。

 189cmの長身。外国人選手に負けない大型投手であり、クローザー、セットアッパーとしての期待がかかったが、2006年のスプリングトレーニングで登板して右肩を脱臼。そのままシーズンを棒に振り、翌2007年途中に契約解除されてマイナー契約に。公式戦はメジャー、マイナーともに一度もマウンドに立つことなく終わった。

 2009年に独立リーグ、BCリーグ石川ミリオンスターズの投手兼任コーチとなる。翌年には監督になる。指導者としては非常に優秀で、
2010年 前期優勝、総合優勝
2011年 前期優勝、総合優勝
2012年 前期優勝
2013年 前期優勝、総合優勝
2014年 後期優勝
と、在任中に前後期いずれかで優勝。独立リーグ屈指の名将と言われた。

 2015年に古巣の西武に投手コーチとして復帰。2016年から1軍ブルペンコーチに就任していた。

 同世代には、現役ではこのほど引退を表明した井口資仁、復活した岩瀬仁紀がいる。松井秀喜、黒田博樹、小林雅英、アレックス・ラミレス、今岡誠らも同世代だ。

 投手としては突然の負傷で無念の引退を余儀なくされたが、指導者としては才能が開花しつつあっただけに、悔やまれる早逝だ。

広尾晃●文 text by Koh Hiroo

最終更新:6/29(木) 11:53
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