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自分を殺し耐える女形で存在感 中村雀右衛門は“陰の主役”

6/30(金) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL

 6月の歌舞伎座は、大看板として幸四郎、吉右衛門、仁左衛門が揃ったが、共演はひとつもない。みな自分が得意な役、やりたい役をやっているので、ひとつの興行としてのまとまりもない。別々の劇場をハシゴして見ているようであった。

 このバラバラな大幹部たちを結果的に束ねたのが雀右衛門(写真)だ。吉右衛門の「弁慶上使」でおわさ、幸四郎の「鎌倉三代記」で時姫、仁左衛門の「御所五郎蔵」で皐月と、3役をつとめ、今月の陰の主役といっていい。

 雀右衛門は、襲名して1年が過ぎたが、大役が続いている。歌舞伎に出てくる女性は自分を殺して耐えることが多く、雀右衛門はそういう役が合う。そして、うまい。だから、うまければうまいほど地味な印象になり、損な役回りだった。性格的にも前に出ていくタイプではなく、目立たない。だが、これだけ大役が続くと、地味だけど、存在感はある。

 雀右衛門とは逆に、若い頃から目立ちまくっていた猿之助は、最近はちょっと引いている。主役でなくても歌舞伎座に出て、相手役、脇役をやることで芝居全体を濃密にさせる。昼の部の「名月八幡祭」は、猿之助、笑也、猿弥と澤瀉屋一門が固め、松緑が加わる。笑也は「耐えない女」「情のない女」である芸者の美代吉をクールに演じた。この美代吉の情夫が猿之助。同じ場にいるだけで、2人の濃い関係が醸し出る。猿弥を加えた3人が属す江戸という共同体に、松緑演じる田舎者の新助が加わろうとするが、結局はその世界に入れない。その悲哀と疎外感、そして惨めさを、松緑は実によく出していた。

 猿之助は、昼は立役だが、夜は女形で、幸四郎の「一本刀土俵入」で、お蔦。これは「情のある女」なのだが、猿之助がやると、頭のよさが強調される。猿之助はこのところ幸四郎の相手役をつとめることが多い。気に入られているというか、息が合うのだろう。2人とも近代的というか合理的というか、頭で理解してから演じるタイプなので、そこが合うのか。長谷川伸が書いた、涙の人情芝居なのに、幸四郎と猿之助が演じると、ハードボイルドになるから面白い。
(作家・中川右介)