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【西武】天国の森コーチと一緒に戦う…主将・浅村の誓い

6/30(金) 6:05配信

スポーツ報知

 28日に多臓器不全のため急死した、西武・森慎二1軍投手コーチ(享年42)の訃報から一夜明けた29日、チームは失意の中、試合が行われていた沖縄から帰京した。首脳陣、選手はショックを隠し切れない様子で、その早すぎる死を悼む声が相次いだ。

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 突然の訃報から約半日がたった午前11時。那覇空港で取材に対応した首脳陣、選手の様子がショックの大きさを物語った。森さんと投手陣を支えてきた土肥投手コーチは「今日はいいかな」と記者を制し、現役時代一緒にプレーした西口投手コーチも無言を貫いた。

 森さんは25日のソフトバンク戦(ヤフオクD)の試合前に体調不良を訴え、福岡市内の病院に入院。27日には球団から病気療養による休養と、2軍担当だった西口投手コーチの1軍合流が発表されていたが、28日の午後0時10分に同市内の病院で多臓器不全のため死去した。辻監督には同日のロッテ戦(那覇)の試合前練習後、選手には試合後に訃報が伝えられていた。

 2軍担当だった15年に指導を受けた大石は、「今の自分があるのは森さんの指導のおかげです」と人目もはばからず号泣。ブルペン担当の森さんとは接する機会が多かった牧田も「体調不良を訴えてすぐに…ということだった。相当、体に支障があったのかな」と声を落とした。さらに「(異変を)見えないようにしていたと思う。でもいつもは元気にしゃべってくれるのに、それがなくて静かだったり、ということがあったといろいろな人から聞いた」と近況を明かした。

 球団も対応に追われた。30日のオリックス戦(メットライフ)は予定していたイベントを延期。球団旗を弔旗とし、試合前には追悼セレモニーとして黙とうを行う。ベンチには森さんの背番号「89」のユニホームを掲げ、首脳陣、選手は喪章をつけてプレーする。球場と直結する獅子ビル3階には献花台も設置される。

 主将の浅村は「慎二さんの分まで、チームが一つになって戦っていかなければいけない」。辻監督も「我々は振り返られない。勝つためにやるだけ。(森さんの)思いも持って戦っていくしかない」と言葉を絞り出した。仲間の遺志を胸に、いまは前を向くしかない。(小島 和之)

 ◆森 慎二(もり・しんじ)1974年9月12日、山口・岩国市生まれ。岩国工から新日鉄光、新日鉄君津を経て、96年ドラフト2位(逆指名)で西武入団。2006年にポスティングシステムでデビルレイズ(現レイズ)に移籍したが、右肩脱臼のため07年に解雇された。09年からBC・石川で選手兼投手コーチ、監督を歴任。15年から西武投手コーチ。NPB通算431試合で44勝44敗50セーブ、防御率3・39。189センチ、90キロ。右投左打。

最終更新:6/30(金) 8:59
スポーツ報知

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