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【長谷川穂積「ボクが聞いてきた!」】引きこもりを抜け出したプロボクサー

6/30(金) 11:00配信

デイリースポーツ

 デイリースポーツのボクシング評論「拳心論」でおなじみの元世界3階級制覇王者、長谷川穂積氏(36)の新企画「ボクが〇〇してみた!」シリーズがスタート。長谷川氏が会いたい人、聞きたい話、考えていることを随時掲載していく。第1回は「ボクが聞いてきた!」。小、中学時代の引きこもりを乗り越えてプロボクサーになった山田定幸選手(22)を京都市内のウォズジムに訪ね、その挑戦に迫った。

  ◇  ◇

 山田君との出会いは今年2月。世界挑戦が決まっていた大森将平君の沖縄キャンプを訪問し、そこに帯同していたのが後輩の山田君でした。人と目を合わせることもできなかった子が、リングに自ら上がって戦えるようになった。そのわけは何だったのか。彼の話を聞いて再確認したのはボクシングの力、スポーツの力でした。

 山田君が学校に行かなくなったのは、人におちょくられて人と関わるのが嫌になったからだそうです。ボクシングとの出合いは漫画「はじめの一歩」。18歳でウォズジムの門をたたいた、この小さな勇気が彼の人生を動かします。「最初は人が怖くて(話せるまで)2年くらいかかりました。プロテストは21歳。自分の中でそこまでの強い思いはなかったけど、大森会長から『やってみろ』と言われて、自分が変われるかなと思いました」

 実は僕はプロテストに一度落ちているんですが、山田君は一発合格だそうです。デビュー戦は4回TKO負け。「怖いという気持ちもあったけど楽しかった。周りは見えず、相手しか見えてなかった」と言うほど集中していました。

 「最後までやりたかったので悔しかった」と言う苦いデビュー。ただ、その悔しさが変化の証しでした。いじめられていた時は、悔しいと思ったことがなかったと言います。「でも、ボクシングの負けは全然違った。どうしても勝ちたかった」。今年4月の2戦目は2回TKO負け。先輩大森君の世界戦の前座という大舞台での敗戦だけに、さらに悔しかったでしょう。

 彼に聞いてみたいことがありました。

 『もし昔の自分に今会えたら、何と言ってあげたい?』

 すると山田君はこう言いました。「まだ何も言えない。自信がないので勇気づけられるかわからないです」

 でも、僕はこう思います。逃げ場がない狭いリングで8オンスの薄いグローブで殴り合いをするなんて、彼をいじめていた子には絶対できないこと。でも、彼はそれを2試合もやりました。勝ち負けは“おまけ”です。プロの資格はほしいけど、試合は怖いからやりたくないって子もいる。試合をやれるのは、選ばれし者なのです。

 誰しも嫌な思い出や過去は消したいものですが、山田君は「消したいと思わない」と言いきります。いじめていた子に道で会っても、今はなんとも思わないって。それってすごいこと。ボクシングを始めて強くなって、嫌な過去も全部受け入れられた。ここまで変われた経験は、彼の財産です。

 僕の希望は、これからその経験を外に発信していってほしいということ。同じ思いをしている子供たちがたくさんいるけど、その気持ちは彼にしかわからない。彼ならきっと子供たちに伝えられると思います。

 次戦は未定ですが、目指すは初勝利。「ディフェンス、スピード、気持ちの面も全部足りない」と厳しく自己分析しています。でも、気持ちは弱くない。育ち盛りに運動をしていないので体力的には課題があるでしょう。

 今はとにかく走ることをアドバイスしました。週6回、まず4キロでいい。それでしんどい日はジムワークを休んでもいいから、とにかく試合前の2カ月間、ロードワークをやり遂げてみる。やり遂げることが自信になり、きっと試合に勝てると思います。そして、勝てば気持ちもボクシングもさらに変わる。その日を楽しみにしています。(元ボクシング世界3階級王者)

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 山田定幸(やまだ・さだゆき)1995年2月21日生まれ、京都市出身。小学校4年頃から中学までほぼ不登校。スポーツ経験はなかったが、いじめられっ子の幕之内一歩がボクシングに出合って成長していく漫画「はじめの一歩」に影響され、18歳でウォズジムに入門。昨年8月にプロデビューし、現在2戦2敗。身長161センチの右ファイタータイプ。現在はバンタム級が主戦場。4人きょうだいの長男。