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感情を表現できるDACとは? 麻倉シアター大改革(後編)

6/30(金) 22:08配信

ITmedia LifeStyle

 AV評論家・麻倉怜士氏の自宅シアターの大改造。後半は音に関する話題だ。ハイレゾ環境のリファレンスDACとして、麻倉氏が選んだのは英国Meridian Audio(メリディアン・オーディオ)の「ULTRA DAC」だった。「良い意味でハイレゾらしくない」という音のヒミツには、どうやらボブ・スチュアート氏のMQA(Master Quality Authenticated)メソッドが大きく関わっているらしい。しかも「このDACを使えばCDからいままで聞いたことがないような音が出る」と言われれば、がぜん興味がわいてくるではないか。一体どんな音を聞かせてくれるのか、麻倉氏に大いに語ってもらおう。後半にはリスボンで開かれたIFA GPCリポートのオマケ付き。

「ULTRA DAC」はPCM、DSD、MQAに対応する最新DACだが、意外とCD再生に使うのが良いのだとか

麻倉氏:前編では映像に関するシアターの更新としてJVCの「DLA-Z1」を取り上げました。後編では音に関わる機材として、メリディアンの「ULTRA DAC」に関するお話をしたいと思います。

 今までDACは小型のものとして、カナダexaSound(エクササウンド)を使っていました。ESSのDACチップを積んだ、これもたいへん素晴らしいものですが、それはそれとして、シアターに据えるに相応しいリファレンスレベルのものが欲しいと前々から思っていました。候補としてさまざまに当たっていましたが、が、ULTRA DACは初めて音が出た瞬間に「コレは買いだ!」となりました。これはZ1の時と似ていますね。

――音が出た瞬間に決めたとのことですが、ULTRA DACが決定的だったのはどういう部分でしょう?

麻倉氏:確かにハイレゾには素晴らしい情報性があり、とてもスッキリとしたキレイな音が鳴ります。ですがアナログと比較すると、まるで薄さが長距離に渡って伸びるようにずっと感じていたんです。「ハイレゾ的な特徴」と言いましょうか。そんなものに対して、単にキレイなだけではない、地に足がついた音が欲しかったんです。

 もっと言うと、音に対して情報性よりも音楽性を求めていて、音という感覚から音楽という感情の深淵をのぞきこむような、そんな体験をハイレゾ音源の鑑賞に要求していたんです。音楽のエッセンスが重層的に感じられるものをアナログは持っていました。ULTRA DACが奏でる音には、そんな音楽の力が確かにあるのです。良くも悪くもハイレゾは音がスッキリと出てきますが、それはおそらくファイルの問題ではなく、再生段が影響しているケースが結構あるのだろうと、ULTRA DACの音を聞いて感じました。

 そんなULTRA DACですが、音の傾向としてはピラミッド型のF特(周波数特性)で、先に指摘したような悪い意味のハイレゾらしさがありません。「これがスゴいだろう!」と言わんばかりに情報量をガンガン出すのではなく、トータルとしての音楽の価値観を提示してくれます。音に統一されたコンセプトがあり、それがとても濃厚で、しっかりとした構成の上に音楽の飛翔感があります。

――考えてみれば音楽の基本はピラミッド型ですね。しっかりとした土台とバランスの良いサウンドができて、初めて上が伸びることに価値が出ます

麻倉氏:メリディアンはあまり内部構成などを声高に叫ぶようなことはしませんが、回路構成はフルバランスで、世間一般のハイエンドがやっているところをそのままやっていることはおそらく間違いありません。チップも公表していませんが、私の見立てではおそらく旭化成ではないでしょうか。例えばChord Electronicsの「DAVE」はパッケージ化された“ありもの”のDACチップを使わず、ディスクリートのFPGA回路を組み上げているという特長があります。そういった大きな特長はULTRA DACにはなく、ありものを使っています。でも出てくる音は決して“ありもの”ではなく、音楽の色濃いエッセンスが詰まっています。

 実は使い始めた頃に、ヴァイオリニストの寺下真理子さんが私のシアターに遊びに来まして。この時に聞いたヴァイオリンの音には、物理的な単なる擦弦音という次元を超えた、“奏者の思い”というものが入っていると感じました。ロマンチックなところはよりロマンチックに、悲しげなところはより悲しげにというふうに、音が感情表現をするのです。

――まるで役者ですねえ。その視点は完全に芸術のそれで、ただのデータ再現というレベルを明らかに超越しています

麻倉氏:この時はCDと比較したのですが、寺下さんも同じ意見で「私が思っていることをより代弁してくれる」と言っていました。音楽家にこのように感じさせるということは、表現のエッセンスがULTRA DACにはあるという証明でしょう。

 そんなULTRA DACですが、感動のヒミツをよくよく調べてみると、やはりといいますか、MQAが絡んでいるのです。実はこれを導入したもう1つの理由が「MQAのリファレンス」という点です。最高の音でMQAを聞ける環境が必要で、かのボブ・スチュアート氏が心血を注いで開発したということはやはり大きいようです。音楽的・オーディオ的な知見がMQAの開発で得られ、それらの成果を設計などに取り入れています。極めて特徴的なのは、時間軸表現の微細化を中心とした考え方をアルゴリズムとパーツ配置といった回路構成の段階でやっていることでしょう。

 それからもう1つ、CDの音がすごく良いことに驚きました。これまで私のCD環境はアキュフェーズの「DC-901」DACと「DP-900」トランスポートで、これは剛性感が高くてスピードも速い、シャキッとしていて切れ味鋭いという、見事なまでのアキュフェーズサウンドが鳴る構成でした。

 ところが、DP-900からのS/PDIFをULTRA DACに入れると、聞いたこともないような低音感が出てきたのです。アキュフェーズにはなかったスケール感があり、弾み感、生命感がグッと出てきました。まるで人間のように息づく感じが音にあり、その上に中高域がのります。CDが登場して30年、色々な国のさまざまな構成の音を聞いてきましたが、ここまでしっかりした音楽的な音調を出すシステムというのは、実のところ聞いた覚えがありません。これは想定外の産物で、このような音がCDで聞けるとは思ってもみませんでした。

麻倉氏:というのも、コンポーネントの組み合わせには相性があるので、上手くいくかどうかは実際につないでみて音を出さないと分からないのです。その点私の組み合わせは音調的にも見事に合いました。この先もいろいろな活用が期待できそうです。

――ハイエンドの世界ではCDトランスポートとDACを組み合わせるというのはそれほどめずらしいことでもありませんが、そこまでドンピシャなのは珍しいですね

麻倉氏:このULTRA DACで気に入っている点をあと1つ挙げましょう。実はこのモデルはヨーロッパの色規格“RAL”による256通りのカラーオーダーができるんです。このカラーオプションは標準で付いてきて、メリディアンの基本色はブラックですが、私のシアターにやって来たのはシャイニンググレーです。サンプルを見ている時にパタッとこの色が目にとまって決めました。グレーの持っているバランスの良さだけでなく、グレアが入った光り方とのマッチングが、DACの良さを色彩でも生かしていると感じます。これには大満足ですね。

●オマケコーナー:IFA GPCこぼれ話

麻倉氏:折角ですから4月に開かれたIFA GPCのお話もしましょう。IFA GPC(Global Press Conference)は9月にベルリンで開かれるIFAのプレイベントとして、ヨーロッパ各地で毎年開かれています。ここ数年はマルタ島やトルコのアンタルヤなどで開かれており、今年の開催地はヨーロッパの西の果ての街、ポルトガルの首都リスボンでした。

 内容は主にIFAの予告と最近のトレンドの発表ですが、今回行ってみて「どうもIFAが変わりつつあるぞ」ということを感じました。

――従来のIFAは“家電の大型国際見本市”というイベントでしたね。それが変わりつつあるとは、どういう事でしょう

麻倉氏:指摘の通り、これまでは流通とメーカーのためのトレードショーというのがIFAの基本スタンスでした。そのためにイベントは9月に開催されていて、これは11月から始まるクリスマス商戦の仕入れに対するベストタイミングです。

 では、どこが変わってきたかという話ですが、今回は3つ新しいことを発見しました。1つ目はIFA会場とは別にOEM/ODM向けの専門パビリオン「IFAマーケット」をセットするということです。中国や台湾といったOEMアッセンブリメーカーと、そこにサプライとして部材を納入するメーカー、そしてセットメーカーが一堂に会するという空間になるとのことです。これの利点は、これから何かを作ろうとしている時に、ここへ来れば設計、製造、部材調達といった依頼をワンストップでできるということでしょう。

 2つ目は、従来「中国館」として設定されていた場所を「イノベーション館」に変更するということです。今まであちこちのホールへ分散していたスタートアップ、平たくいうとベンチャー企業をこの空間に集中させて、新興企業を応援しようというのが狙いです。そして3つ目は、この2点で空いた場所にブランドカンパニー、つまりこれからブランドを作ろうとしているところを集めるというものです。

――うーん、「中国館」に入っていた企業はファーウェイなど一部の例外を除いて、ほとんどがOEMメーカーでしたから、一見すると単なる配置換えとも受け取れなくもありません。これによってどんな変化があるのでしょうか?

麻倉氏:先にも確認した通り、これまで9月に開かれた“完成品をやり取りする大商談会”で、立ち位置としては物流に近かったわけです。メディアの多くも「数カ月内に出てくるであろう新製品」を目当てに、世界中から取材に詰めかけていました。対してこれらの変化から言えることは「これからはモノづくりにフォーカスするぞ」ということです。単なる売り買いの推進だけでなく、モノづくり(OEM/ODM)と技術、トレンド作り(スタートアップ)を包括的に推進していく、こういう方針に入ったというのが私の解釈です。

 よく比較される年始のCESは生粋の先端技術展示会で、いわばモノづくりにおける最上流のイベントです。一方のIFAはどちらかというとものづくりの下流寄りでした。それがどうも遡上しつつあるのではないかと私は読んでいます。IFAがきっかけとなるヒットを作る。そんな流れがあるようです。

●韓国サムスンのテレビ戦略に変化

麻倉氏:もう1つ、サムスンのテレビに関する発表が興味深かったので話をしましょう。サムスンは3年くらい前まではLGより画質で有利な3原色発光のOLEDをやっていましたが、大型化に対する技術的ブレイクスルーを得ることができず、4K移行を境にOLEDをやめました。今ではOLEDに懐疑的というのがサムスンの立場で、近年は「OLEDよりSUHDが良い」と言っていました。

 ちなみに「SUHD」はLEDバックライトとQD(量子ドット)を組み合わせた液晶のことで、昨今はさらにSUHDを「QLED」と言い変えています。ではこの4月の段階では何と言っていたかというと「The discussion of picture quality will obsolete.」(消え行く画質論議)。この発言はビジュアルディスプレイヨーロッパ支社ヴァイスプレジデントのミハエル・ゾラ氏による公演で飛び出したものです。

――Obsolete、ですか? 「陳腐化」とか「廃れた」とかいう意味の言葉ですが、現状のテレビ市場を鑑みるに、特にハイエンドを見るととてもそんな言葉を当てはめる気にはなりませんが……

麻倉氏:サムスンの言い分によると「時代は壁掛けテレビ」だそうです。この場合画質云々ではなく、ワイヤーをどのように処理するかという方が大きな問題で、15mくらいのケーブル1本でSTBとディスプレイを接続し、STBは隣の部屋に置いておく、という構想を持っています。

麻倉氏:当然「なぜこのような方針か?」という問が出てくるでしょうが、その回答はとてもシンプル。ずばり「負けるから」です。

――うわぁ、バッサリ……

麻倉氏:世界中どこを見回しても、今ディスプレイのトレンドは間違いなくOLEDです。再び画質論議が華やかになっています。でも液晶ベースのサムスンは輝度以外は勝ち目がありません。勝てない土俵で戦うのではなく、自分達が戦いやすい土俵を用意する、というのがサムスンの戦略ですね。

 つまりサムスンは技術ではなくマーケティングで売るという方針をとったわけです。以前は結構技術志向でやっていましたが、近年はそれを出さなく(出せなく?)なっていました。ならば別の切り口でやっていこう、というところでしょうか。

――たしかに経営戦略としては正しいのかもしれませんが、これはあまりにキツイですね

麻倉氏:大多数の会社が「OLEDの画質がスゴいぞ!」と言っている中で「ウチは画質スゴいぞ」と言えないところは、技術を押し出せない悲しさでしょうか、それともマーケティングに対する自信の表れでしょうか。そんなサムスンの現状がよく現れているエピソードでした。サムスン電子にも、ぜひ技術と画質で頑張ってもらいたいものです。

最終更新:6/30(金) 22:08
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