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報道キャスター・櫻井翔の涙で感じた、小林麻央さんの存在とZEROファミリーの絆

6/30(金) 16:02配信

スポーツ報知

 小林麻央さんが天国に旅立ってから1週間がたった。遺族にとってはたとえようもない悲しみが今も続いているだろうし、日本中が「家族」や「愛」のありかたをあらためて考えたことだろう。

 訃報が発表されたその日、私は麻央さんと「NEWS ZERO」の初回から共演していた嵐・櫻井翔が出席する予定だったある会見の取材に行っていた。酷なこととは分かっていたが、会見では彼にその質問をぶつけなければいけないと思っていた。自分のなかでも覚悟を決めていた。

 しかし現場に行くと、櫻井は「自分の言葉で話したい」と、会見前に自らメディアの前に姿を現した。このあとの会見に出席する出演者や関係者に迷惑をかけたくないという配慮もあっただろうが、何よりも、大切な人を失った悲しみに向き合おうとするキャスターとしての心意気がそうさせたのだと感じた。

 たくさんのフラッシュを浴びて、黒いスーツ姿でステージに立った櫻井は、深い悲しみの中にいた。櫻井には何度か個別で話を聞かせてもらったことや、開放的になりがちな海外での取材に同行したこともあるが、いつもその答えには無駄がなくてスマートだった。しかし、あの日はただただ、やりきれない悲しみをどこにぶつけたらいいのか分からないように見えた。声を震わせて、言葉を探しながら涙をこぼす姿は、今まで見たことがない姿だった。誰も、言葉をかけることができなかった。

 「『ZERO』は本当に温かい番組で、出演者やスタッフのことを『ZEROファミリー』なんて呼んでます。まさにファミリーで…。家族を失ったような気持ちでいっぱいです」。そのことばを聞きながら「ZERO」が始まった2006年10月2日のことを思った。

 2人は同じ82年生まれの24歳(当時)。当時はジャニーズのアイドルが報道番組のキャスターになることなど考えられなかった時代だ。今でこそ押しも押されもせぬキャスターだが、若さゆえの不安や重圧に押しつぶされそうになったことはあっただろう。心細くなって隣を見たとき、ともに闘う同年代の仲間である麻央さんの美しい心や笑顔に触れることがどれだけ心強かったことか。「ZERO」ファミリーでしか分かり得ない絆を、あの涙に感じたのだった。

 最後に櫻井は、涙をぬぐいながら「このあとの会見も、どうぞよろしくお願いします」と一礼して会場を去った。そして櫻井はその言葉の通り、完璧な進行や気の利いたコメントで会見を盛り上げた。その仕事ぶりはプロだった。麻央さんの美しく強い心は、仕事をともにした共演者やスタッフの中にも培われているのだと思い知らされた。(記者コラム)

最終更新:6/30(金) 16:02
スポーツ報知