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宮大工の技 故郷に 伊勢神宮遷宮で副棟梁 菅原さん帯広で起業

6/30(金) 14:18配信

十勝毎日新聞 電子版

 国宝や重要文化財、社寺などの伝統建築を手掛ける「宮大工」の菅原雅重さん(41)が、生まれ故郷の帯広市内に社寺設計建築「おかげさま」を設立し、十勝管内の社寺の修繕などを手掛けている。伊勢神宮の第62回式年遷宮(2013年)では外宮(げくう)の副棟梁(とうりょう)を務めた菅原さんは、「伝統の技術を受け継ぎ、学んだ技術や仕事を伝えていきたい」と前を見据えている。

 帯広市出身の菅原さんは柏小、第六中(現翔陽中)、柏葉高を経て順天堂大(東京)へ。卒業後の進路に悩む中、偶然一冊の本「現代棟梁・田中文男」と出合い、宮大工を志した。

 田中文男さん率いる眞木建設(現風基建設、東京)の門戸をたたき、何度も弟子入りを断られたが、熱意が届き修業を始めた。宮大工の技術・技法は師匠から弟子へと口伝で継承され、2、3年とされる一般の大工の約3倍の長い修業を経てようやく一人前と認められる。「屋根をふくかやや、土を運んだり。最初は手伝いでした」と振り返る。

 4年半が過ぎたとき、多くの文化財修復を手掛ける風基建設(東京)で研修。ここで刺激を受け、「より高い技術を身に付けたい」と、京都の社寺建築、細見工務所に弟子入りを志願し、入所した。

 「歩き方一つでも怒られる。褒められることはまずない」ほど厳しい日々だったが、辞めたいと思ったことはなかった。「うまくなりたい、良いものを作りたい」という一念で修業に励み、貴船神社や籠(この)神社など数多くの作業に携わり、実力を高めた。

 その5年後に、先輩の棟梁から式年遷宮の話が舞い込んだ。式年遷宮は20年に1度、伊勢神宮の正殿など65の建物を造り替える。内宮(ないくう)、外宮ともに7、8人の宮大工で班をつくり、棟梁の下に副棟梁が付く。全国から約60人の宮大工が集まる約6年間の一大仕事だ。

 材料のヒノキは作業場の近くの池に4年漬け込む。棟梁と副棟梁が印を付ける「墨付け」を行い、宮大工たちが刻んでいく。これを繰り返す。「伊勢は見えないところも特にこだわる。刃物の痕は残してはいけない」ほど、高い精度が求められた。

 一大作業を終え、15年に帯広に帰郷。「北海道が好きだし、大工として設計もできるようになりたかった」。1年間設計を学び、1級建築士の資格を取得し、昨年4月に「おかげさま」を設立した。社名には「人のおかげを忘れない」との意味を込めた。今年は日本伝統技術保存会の日本伝統建築棟梁の候補者に道内で唯一選ばれた。

 管内の社寺の修繕などを行う作業場には、毎日研ぐというのみが光る。「北海道の社寺は寒いけど、それは(社寺の造りが)本州から来たから。木造でしっかりと暖かい作りにし、十勝の木もうまく使っていきたい」と菅原さん。

 学んだ伝統の技術と心を、十勝の建築に生かしていく意気込みだ。(松田亜弓)

十勝毎日新聞