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「お医者様はいませんか?」機内アナンスに応えたら、とんでもない事になった

6/30(金) 22:48配信

STORYS.JP

--- Yahoo!ニュース・ライフカテゴリに配信するメディアが多数ある中で、私たちのメディアからは、世の人々の暮らしをリアルに紐解くために、一個人の人生にスポットを当てて記事をお届けしたい。---

空の旅のトラブル。最近よく耳にする。先日も中国・上海の空港で、乗客の一人だった80歳女性が、願掛けとして航空機のエンジンめがけ小銭を放り投げ、6時間近くフライトが遅延してしまう出来事があった。
本日ご紹介するのは、日本からヨーロッパへ向かう機内で急病人に遭遇した、ある外科医の話だ。
「お医者様はいませんか?」の呼びかけに出ていった若い外科医の彼が、体験したこととは。

ヨーロッパに向かうフライト中に、「お医者様はいませんか」に応えて出ていったら、とんでもないことになった若い外科医の話

そう、あれはヨーロッパ行きの飛行機の中の出来事だった。

私は当時30歳を超えたばかりの独身・若造外科医で、ヨーロッパで開かれる学会に参加すべく向かっていたのだった。

私は、モニターの映画のブルース・ウィリスを観ながらそっくりな顔の後輩医師の顔をぼんやりと思い浮かべていた。彼の外科医としての成長、人間としての成長、おでこの後退…

そんな時、事件は起こった。

すぐ前のシートの男性が、青い目のCA(キャビンアテンダント)となにか話している。

気分の悪そうな初老の男性は、後ろから見ていると段々とシートから頭が隠れて行った。

何かクレームでも言っているのだろうか? CAもなんだか慌てた様子で対応をしている。

隣にはその男性の奥さんなのだろうか、同じ歳の頃合いの女性も身を乗り出すようにCAと話している。

「やれやれ、クレームか・・・。」

私はなんとなく少しうんざりした気持ちになって、目の前のモニターに目をやった。

地図を開くと、ロシアの上空がやっと終わろうとしているところだ。

こうやって見ると、なんて横に長い国なんだろう。

ロシア。

白い息を吐き、ふかふかの毛皮の帽子、ウォッカ…憧れの元超大国の上空にいる。

それだけで少し心が躍ってしまう。

睡眠不足と、飲みすぎた白ワインでまどろむ頭を醒まそうと、通りがかったCAにCaffeをお願いした。ヨーロッパ行きのフライトでは、10種類くらいのcaffeを準備している所があるのだ。さすがカフェ文化が世界遺産になるエリア。

「ん…?」

…俄かに変な予感がした。何か危機的なものがある予感。一瞬で飛行機の中の寛ぎの空気が一変した。

別に特殊能力があるわけではない。

いつから感じるようになったか覚えていないが、ただその空気がぴんと張り詰めたのがわかるだけだ。

街中でも、職場の病院でもたまにそんな予感を感じることがある。きっと誰かが危機的状況に陥っている、のだろうと。街中ではその感情は黙殺するが、病院ではだいたいその予感は当たっている。

人間だれしも良い予感ははずれるし、悪い予感は当たるのだ。

胸騒ぎは確かにしたが、私は今病院にいるわけではない。

ただシートにもたれてコーヒーの香りを楽しんでいるだけだ。なんとなく自分を落ち着かせようと、再び妄想の世界に浸った。

すると突然、前の初老の男性の席の周りにCAたちが続々と集まってきたのである。合計6人くらいはいただろうか。みんなそれぞれ、手にはボストンバッグの様なものを持っている。

まずい。

予感が当たったようだ。

一瞬で頭が澄み渡る。

私はほぼ無意識のうちに席を立ち、その男性の席に向かっていた。

自分の体内のアドレナリン血中濃度がぐいぐい上がっていくを感じた。

私はCAに問いかけた。

ワタシ
「I'm a doctor. Do you have a problem?」

CA
「Yeah, Thank you for your help…」

どうやら男性は気分が悪いらしい。

それと同時に、機内に「お医者様はいらっしゃいませんか?」と日本語でアナウンスが入った。

確かにその男性は、シートからずれおちかけるようにしてぐったりと座っていた。

一見して顔色も悪い。

「What's happened?」と聞いたら、返事がない。意識レベルもやや低下しているか。すぐにradial arteryを触れてみる。脈が非常に微弱だ。血圧は70mmHgもなさそうだ。手はしっとりと冷や汗をかいていた。

ショック?

ぞっとした。こんなロシアの上空で、ショック…

ショックとは血圧が低下した、体の危機的状況のことをいう。

まずい。

私も冷や汗をかいてきた。まずは自分が冷静になることだ。落ち着いてもう一度男性の顔を見た。なんとどこから見ても日本人ではないか。

私は日本人に、英語で話しかけてしまっていたのだ。英語がわからなければ、返事もないに決まってる。気が動転していたのだろう。

今度は日本語で

「大丈夫ですか?」と聞くと、

「…」

しかし返事はない。

自分を落ち着けるためにも、一瞬、この状況をまとめた。

「ロシア上空、日本人の初老の男性、ショック。」

圧倒的ドアウェー感…

私の武器、つまり医療行為用の道具は何があるかわからない。

かつてのCAさん達との会食の際に、AEDが飛行機にあることは知っていた。

ブラックジャックみたいに、コートの内側にメスとかはさみとかたくさん備えておけばよかった。いやそれじゃあ飛行機乗れないか。

アタマの中で高速ひとりボケつっこみをすることで、だいぶ自分が落ち着いた。

ここまでで男性と私が接触してから30秒ほどであったと思う。

こういう危機的状況では、なによりも大切なことは自分が落ち着くことである。

初老の男性を座席の前のスペースに連れて行き、横にならせた。

ワタシ
「Do you have a tonometer? or monitor? or infusion?」

CA
「Sorry, we don't know exactly.」

私はCAに血圧計はあるか、モニターはあるか、点滴はあるかなど下手な英語で聞いたが、彼女はわからなかった。

チーフっぽい年配のCAが来た。いかにも北欧人のような、眼尻の皺が深い温和な顔立ちの美しい女性だ。しかし彼女も何があるかは全くわからなかった。

仕方ない、自分で探すしか無い。

大急ぎでボストンバッグを全部あけると、古い水銀柱の血圧計と聴診器があった。

その男性の血圧を測ると、60/30mmHg程度しかない。かなり低い。

とにかく点滴だ。ルート(血管内に点滴の管を入れること)を一秒でも早くとる必要がある。でないと、この人の心臓や息が突然止まったときにレスキュー出来ない。

点滴のバッグはいくつかあったがすべて英語のみ表記だった。

saline(生理食塩水)と5% glucose(ブドウ糖)はわかったのでそれらを使うことにした。点滴をするためには針を刺さねばならないが、針が無い。

ボストンバッグをもう一度ひっくり返し、やっと見つけたのが16G(ゲージ。針の太さのこと)と24G。

マジか…。

16Gはまるで釜揚げうどん級のゴン太(ふと)の針で、めったなことで刺さない。前いつ使ったかな?くらいの珍しいレベルだ。24Gは逆に街のいかさま自動踊る人形の糸くらいの激細の針で、こんな血圧が低い人に使ってはいけない。

なので、仕方なくゴン太の針を刺してルートを確保し全開で点滴した。

慌ただしく手を動かしてそんなことをやりながらも、アタマでは冷静に原因を考え、今の状況を総括する。

原因は、何だ??

原因はわからないが、頻度的に圧倒的に多いのは脱水とか迷走神経反射だ。

そして一番やばいのは、心筋梗塞など心疾患、脳梗塞、緊張性気胸、解離、飛行機だから肺塞栓か・・・

救急治療はひさしぶりだが、考えればこの旅の旅費を稼ぐため(医師の出張は自腹だ)にいくつか救急外来のアルバイトに行っていたのだ。私の頭と体はすぐに反応してくれた。まさか機上で役に立つとは…。

しかし、頭系(脳出血など)と心臓系(心筋梗塞など)が原因で血圧が下がっていた場合、救命出来ない可能性が高い。肺塞栓でも、かなり厳しい。

機上でも救えるショックは、何だろうか。脱水あるいはどこかの出血であれば、止血出来るかも知れない。緊張性気胸であれば、何か刺して助けられそうだ。医龍でもボールペンを胸に刺して助けてたじゃないか。アナフィラキシーの可能性もあるか。

そんなことを考えながら診ていた。

点滴を始めて20分もすると、男性は段々と血圧が戻り、意識もはっきりしてきた。

どうやらトイレで立ち上がった時に立ちくらみがきて、そのまま一度倒れてしまったらしい。

それから席に戻ったが、気分が悪いのが続いていたそう。

エピソードも迷走神経反射のようだ。

こういう時最も恐ろしいのが、病気が一瞬良くなったようで、でも実は背後にとんでもない重大なことが起きているということ。

リスクマネジメントの基本だが、常に最悪の事態を想定し続けること。そして想定外のことが起きた時のことを想定すること。こんな簡単なことを怠り救えなかった人々。

両肺の聴診所見は、左右差なし。心音も異常なさそうであった。

私はこれまでで一番本気で胸の聴診をしたんだと思う。揺れる飛行機のエンジン音でうるさい中の、かなり粗悪な安物の聴診器で。そしてレントゲン一つとれない救急の現場で、見落としたら、聞き漏らしたらこの人は死ぬという状況で。

頭の先から手足まで身体中全て診察し、大丈夫なことを確認した。初期研修、離島での診療の経験、救命センターの経験…数えられない位のたくさんの先輩医師たちを、なぜか走馬灯のように逡巡した。

ともかく私は、もしもこの人の心臓が止まった時のことを考え、ボストンバッグの薬を調べることにした。

…ない。アレがない。

アドレナリンが、無い。エピネフリン、ボスミン、なんでもいいが、無かった。そんな事があるんだろうか??フェンタニルは、ある。アスピリンも、ある。なのにアドレナリンが無い。海外では違う名前なんだろうか?

ともかく発見出来なかった。

私は結局1時間ほど、ハラハラしながらその男性に点滴のみで診ていたのだった。

年配の優しい目をしたチーフパーサーのCAが、

年配のCA
「ねえアナタ、ぶっちゃけ、緊急着陸する必要ある?今はロシアの上空よ。なんつったって今から着陸するとしたら2時間はかかるってキャプテンが言ってんのよアナタ。ねえ、ぶっちゃけどうなのよ?」

と言ってきたので、困りつつも私は「無い」と答えた。

こんな状況で、この人に何が起きているかさっぱりわからず、点滴しかないから点滴しかしていない状況で、「緊急着陸した方がいいかどうか」なんて誰がわかるのだろう?

今私が考えるに、どう見てもこの人は大丈夫そうだ。大丈夫そうだけど、それでも80%くらいの確信しかない。

私は今、まるでドラマの「仁」の時代の医者のようだ。仲間は一人もおらず、持ってる武器が血圧計と点滴しかないのだから。

しかしこの人が死んだら私の判断ミスで逮捕されるのだろうか?

そんな考えが頭をよぎったのも事実である。医師は常に、毎日毎晩、この恐怖とも戦わねばならないのである。

結局、その男性はその後点滴だけで元気になったので席に帰した。

私は席に戻り、冷めてしまったCaffeを飲みながら、張り詰めた神経を少しずつほどいて行った。

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いかがでしたでしょうか。

もしあなたが飛行機で具合が悪くなって、たまたま医者が乗り合わせていたとしても、こんな具合です。

何も出来ません。

みなさま、飛行機にお乗りの際は体調を万全に…。

━━「ヨーロッパに向かうフライト中に、『お医者様はいませんか』に応えて出ていったら、とんでもないことになった若い外科医の話|STORYS.JP」より引用

最終更新:6/30(金) 22:48
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