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基地禍、もう二度と… 癒えぬ悲しみ 宮森米軍機墜落58年

7/1(土) 10:48配信

琉球新報

 【うるま】大雨が降りしきる中、30日午前に開かれた宮森小米軍ジェット機墜落事故の慰霊祭では、遺族や当時の在校生ら約100人が集まり、犠牲者18人の名前が刻まれた「仲よし地蔵」に花を手向け、鎮魂の祈りをささげた。献花、焼香では、亡くなった友人や子への思いがあふれて涙する参列者、慰霊碑に刻まれた名をなぞる参列者も見られた。事故から58年がたった今も、遺族や当時の在校生の胸中には、消えない大きな傷が残っている。

 当時宮森小4年の担任だった新里律子さん(86)=恩納村=は、毎年6月30日が近づくと「子どもたちや遺族の表情、事故の記憶が思い浮かび、眠れなくなる」と宙を見詰める。当時、妊娠6カ月と身重な状態の中、児童たちを安全な場所へ誘導した。新里さんは父と兄、妹を戦争で亡くした。基地建設や憲法改正を強硬に進める政治に「戦前に逆戻りしている。政府が沖縄に何をしてくれたのか。こんな事故、二度と繰り返してはいけない」と力強く訴えた。

 石川・宮森630会の久高政治会長(69)は「沖縄の基地問題における象徴的な事故で、世界でも例をみない」と述べ、基地あるが故の事故と説明する。先日会った息子を亡くした遺族について触れ「その方は『年を重ねるたび、早く息子のそばにいきたい』と語り、涙ながらに当時のことを語った。遺族の思いは今も消えない」と、犠牲になった18人に思いをはせた。「これ以上、基地からの事件、事故をなくしてほしい」と語った。

琉球新報社

最終更新:7/1(土) 10:48
琉球新報