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【のびやかに・浜木綿子】(20)両親、妹と「照之の子育て」3つの約束事

7/1(土) 15:02配信

スポーツ報知

 ずっと気になっていたことがあります。周囲から「女手ひとつで息子を育てた」と言われるたび、後ろめたさのようなものを感じてきました。歌舞伎俳優の市川猿翁(当時、猿之助)さんと1968年に離婚後、私は仕事に明け暮れました。没頭することで、プライべートの複雑な思いも振り払えたのだと思います。

 その間、息子(香川照之)を見てくれていたのが、両親と妹。一緒に宝塚歌劇にも在籍した妹は、自分の人生をほとんど犠牲にし、私たちを支えてくれました。感謝の気持ちは尽きません。

 照之は、父親がいないことをどう受け止めていたでしょうか。父親参観で父の顔を描くとき、私の父、つまり祖父の顔を描いて帰ってきました。かわいそうで、申し訳なくて。感情をあまり表に出さない子で、余計に心配でした。

 私のドラマに関しては後の回で触れようと思いますが、一時は台本5冊を抱え、スケジュールも体力も限界まで仕事一色。父親の役目、父親の代わりを考えたとき、お金の不自由だけはさせたくありませんでした。照之は「母親なのに。なぜいつもいないのか」と思ったでしょう。

 本人は気づいていたか分かりませんが、子育ての中で私たちの間で“3つの約束事”がありました。彼が「○○をやってほしい」と言ったときは「ちょっと待って」と言わず、すぐ行動すること。鍵っ子にせず、必ず誰か家にいること。そして、猿翁さんの悪口は言わないこと。テレビや新聞に出ていれば「お父さんは立派な人よ」と言うようにしていました。

 甘やかした部分もあったと思いますが、物心ついたときから、自分の世界を持っている子でした。大好きな怪獣で部屋がいっぱいだった時期も。ガオ~と鳴き声を出し、ソファからジャンプしたり。怪獣になりきって一人で楽しそうに遊んでいるのです。

 そして最近、NHKで番組にもなっている昆虫への興味。「好き」のレベルが違い、私たちはついていけません。特にカマキリ、チョウ、カブトムシ。最近はタガメへのこだわりを熱く語っているようです。番組で彼が触れていましたが、誰が買い与え、家族の誰が「照之、ご飯よ」と言ったのか。妹とも話すのですが、昔すぎてよく思い出せません。

 卵から赤ちゃんカマキリがいっぱい生まれるときは、飽きずにずっと見ていました。私は虫は苦手です。どうしてあそこまで夢中になって、何でも覚えられるのか、不思議でした。恥ずかしい親ばかですが、このままいくと、ひょっとして日本のファーブル?と思ったり。でも学者は食べていけない、と心配したり。「昆虫図鑑が欲しい」と言えば、喜ぶ顔見たさにすぐ買い与えるような親だったと思います。でも図鑑って結構、高いんですよね。このころは、頭の隅でいつも「父親らしさって何かしら?」と自問自答しながら、息子と接していました。(構成 編集委員・内野 小百美)

最終更新:7/4(火) 22:53
スポーツ報知