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覚せい剤事件、証拠の「違法収集」で無罪に…「悪人を野に放つ」ことにならないか?

7/1(土) 8:54配信

弁護士ドットコム

前橋地裁高崎支部は6月19日、覚せい剤取締法違反の罪に問われた男性(41)に無罪判決を言い渡した。警察は証拠として、尿の鑑定書を提出していたが、裁判官は違法に収集された証拠だとして証拠能力を否定した。

地元の上毛新聞によると、この男性は2016年1月9日の午後6時ごろから警察の職務質問を受けた。午後9時ごろ、精神錯乱を理由に保護され、翌10日午前2時前に令状をもとに、採尿されたという。

しかし、実際のところ男性は弁護士の指示に従って動画を撮るなどしており、裁判官は精神錯乱状態ではなかったと判断。身体の拘束(保護)は無令状、無要件の逮捕に当たるとして、「保護と関連性がある尿の採取の手続きは違法」と尿の鑑定書を証拠採用しなかった。

違法収集証拠の排除は、同じ6月19日に奈良地裁であった窃盗事件の判決でもみられた。この事件では、ほかの証拠で被告人男性(67)が犯人と認められるとして、懲役3年の実刑判決が言い渡されたが、令状なしのGPS捜査について、証拠の一部が採用されなかった。令状なしのGPS捜査をめぐっては、今年3月に違法とする最高裁判決が出ている。

違法に証拠を集めるのは確かに問題だ。しかし、排除された証拠から被告人が罪を犯した可能性が高いと認められるのであれば、危険な人物を野に放ってしまうことにならないか。違法収集証拠はなぜ排除されるべきなのか、元警察官僚で警視庁刑事の経験も有する澤井康生弁護士に聞いた。

●違法収集証拠は必ずしも排除されるわけではない

ーー違法収集証拠は、法律ではどう規定されている?

違法収集証拠については、「刑事訴訟法」や「刑事訴訟規則」には規定がありません。過去の裁判例の中で蓄積されてきた「判例法理」です。最高裁はリーディングケースとなった昭和53年9月7日判決で違法収集証拠排除法則を肯定しており、以降、下級審も含めて実務を支配する判例法理といえます。

ーーなんで違法収集証拠は排斥しないとならないの?

一般的には「適正手続き(法律の手続きによってしか、生命・自由を奪われたり、刑罰を課されたりしない)」を規定する憲法31条や、「令状主義」を規定する憲法35条が根拠に挙げられます。

それから捜査機関に対するペナルティーとして、将来の違法捜査を抑止するためであるとも言われています。証拠として認められるなら、違法な捜査をしても構わないとなってしまうからです。

ーー捜査に違法性があったら、どんな証拠も排除されるの?

違法収集証拠といっても絶対に排除されるわけではありません。排除するためには、おおまかに言って次の2つの要件を満たすことが必要です(相対的排除説)。

(1)捜査手続きに令状主義の精神を没却するような重大な違法があること(重大な違法性)、(2)これを証拠として許容することが将来における違法捜査の抑制の見地からして相当ではないこと(排除相当性)

したがって、違法収集証拠であっても違法の程度が軽微であり重大とはいえない場合や将来における違法捜査抑制の見地からしても証拠を排除すべきではないと判断される場合は、違法収集証拠排除法則は適用されません。

例えば、最高裁昭和61年4月25日判決は捜査手続きの違法を認めながらもその違法の程度は未だ重大ではないとして、違法収集証拠排除法則を適用せず、尿の鑑定書の証拠能力を認めて有罪としました。

●「違法収集」以外の証拠に基づき、有罪判決を下すことはできる

ーー違法収集証拠を理由に無罪としてしまうと、「悪人を野に放つ」ことにならないか?

違法収集証拠排除法則が適用されたからといって、すべての被告人が無罪になるわけではありません。あくまで違法に収集された証拠の証拠能力が否定されるだけであり、それ以外の適法に収集された証拠の証拠能力まで否定されるわけではありません。

確かに覚せい剤の自己使用の事件では、尿から検出された覚せい剤の鑑定書の証拠能力が否定されてしまうと、ほかに証拠がなくなってしまうので、結果的に無罪になるケースが多いといえます。ですが、その他の犯罪類型では、ほかにも有罪と認定しうる証拠があるのが普通ですから、それらの証拠に基づいて十分に有罪判決を下すことができます。したがって、ただちに「悪人を野に放つ」ということにはならないと思います。

ーーその意味では、捜査にも慎重さが求められると?

犯罪が組織化、高度化するのに伴い、捜査機関も新たな捜査手法で対応する必要に迫られます。例えば通信傍受やGPS捜査などです。これらの新しい捜査手法(特にGPS捜査)は従来まで明文規定がなく令状が必要な強制捜査なのか、任意捜査なのか判然としない面がありましたが、今年3月の最高裁判決では強制捜査とされ無令状でのGPS捜査は違法と判断されました。

このように新しい捜査手法が事後的に裁判所により強制捜査と判断されるリスクもあるので、捜査機関としては慎重に判断する必要があります。

【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
元警察官僚、警視庁刑事を経て旧司法試験合格。弁護士でありながらMBAも取得し現在は企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も兼任、公認不正検査士の資格も有し企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他テレビ・ラジオ等の出演、新聞での有識者インタビューなど多く幅広い分野で活躍。東京、大阪に拠点を有する弁護士法人海星事務所のパートナー。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:弁護士法人海星事務所東京事務所
事務所URL:http://www.kaisei-gr.jp/about.html

弁護士ドットコムニュース編集部